しずかな機械音とともに薄いガラス製の自動ドアが開く。地に足がついていないような感覚のままふわふわとドアをくぐり抜ければ、おだやかな日差しに包まれた。11月にしては温かい。
 ぼんやりそんな事を考えながら一歩、二歩、三歩、ゆっくりと自宅への道を進んでいく。

 やがて見えてきたのは、白く塗られた壁がまだ新しい、けして大きくはないが大家さんがとても優しいアパート。わたしたちの今の家だ。ひくい階段を2段あがってカギをさしこむ。
 玄関を開け、中に入るとかぎなれた我が家の匂いに安堵した。靴を脱いで居間に行き、出したばかりのふかふかのカーペットに正座する。

 ゆっくりと確かめるように自分のおなかを撫でてみる。普段となんら変わりのないこのおなかの中に小さな命が宿っているらしい。

「………………」

 いつだか彼と語ったわたしたちの未来について。子供は二人がいいだとか一人目は女の子がいいだとか、男の子なら一緒にバレーがしたいだとか、あれをしたい、これをしてあげたい、想像ばかりが膨らんでそれだけでも幸せな気持でいっぱいになって楽しい話が尽きなかった。

 それが今、現実として初めの一歩を踏み出した。
 おめでとうございます、そうわたしに微笑みかけたお医者さんの言葉が今になってやっとじわじわと現実味を帯びてきた。不安と喜びと愛しさがどんどん膨れ上がってもはや叫びだしそうでさえある。彼が帰ってくるまであと2時間。あぁ、早く伝えたい。今すぐにでも。

「〜〜〜っ」

 うずうずとはやる気持ちをおさえきれず勢い良く立ち上がり、小さな引き出しを開けて一言用の便箋をとりだす。そして、テーブルの上に転がってるペンを掴んで再び正座した。とりあえず紙に書いてみよう。どうしても顔を見て伝えたい気持ちと今すぐに伝えたい気持ちとの葛藤の結果がこれである。
 しかし、そうと決めた途端に手はぴたりと止まってしまった。なんて伝えよう。たかが練習。行き場のない高ぶりを落ち着かせるための仮の手段だったはずなのに。

 やっとペンを動かし始めた頃には気持ちはだいぶ落ち着いていて、いつもよりほんの少し丁寧な字で一文字一文字を大切に書いていく。そうして出来上がったたった一言はとてもチープなものだったけれど、これで十分。
 あとは夕飯の支度をしながら彼の帰りを待つだけだ。



* * *



「ただいまー」
「おかえりー」

 午後6時半。玄関から聞こえた声ににんじんを切っていた手を止め、いつも通り帰ってきた彼を出迎えに玄関へ。外はよっぽど寒かったのだろうか、鼻の頭が少し赤くなっているのがかわいらしかった。

「おつかれさま。外寒かった?」
「寒かった!夕方になると急に冷え込むよなー」

 だから帰るとホッとすると、コートを脱ぎながら居間へ進む背中へついていく。いつ言おう。どのタイミングで切り出そう。
 コートをハンガーへかける彼の後ろで一人そわそわしていたら、クスリ、目の前の背中が小さく揺れた。

「何かいいことあったべ」
「……わかる?」
「お前はわかりやすいからなー」

 そう言ってわたしの頭をくしゃくしゃ撫でる顔はいつも優しい。され慣れたそんな仕草さえ今はとても愛おしくてあたたかい。今更だけどわたしはしあわせだ。

「はい」
「ん?…手紙?」
「そう、読んで」
「なんか久しぶりだなーこういうの」

 ちょっと照れる。そう笑いながら小さな封筒を開ける手元をどきどきしながら見つめていた。2つに折りたたまれた一言便箋がひらかれる。自分が書いた文字が目に入り、ちらりと彼の表情を窺う。

「えっ、これ……え?」

 同時にいきおいよく上げられた顔。彼はわたしと手紙を交互に見ながら大きな目をぱちぱちと瞬かせている。


「赤ちゃんができたよ」




3
“孝支、もうすぐパパだよ”



「まじか〜〜ッ!!!」
「わ、ちょっと…苦しいよ…」
「ごめん、でも嬉しすぎて我慢できない」
「ふふ、わたしも嬉しい」
「やったぁ…ありがとな…」




私の旦那さまへ提出
素敵な企画ありがとうございました!

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