追えば追うほど靄は濃くなって答えを覆い隠してしまう。つい先ほどまで見ていたはずの夢がこれっぽっちも思い出せない。とてもいい夢だったことは確かで、起きたら鉄朗にもおしえてあげようと第三者の目線で夢の中の出来事を見ていたわたしは思っていたはずなのに。

「うわ、ぶさいく」

 うつ伏せのまま少しだけ顔をこちらに向けた鉄朗が言った。まだ覚醒しきっていないのが明らかなねむそうな目。うるさいな、と顔をそらして指先で前髪を整える。
 ついでにこのまま顔を洗いに行こうとベッドから降りようとすると左の手首をつかまれた。振り返ればさっきとおんなじような顔で鉄朗がちょいちょいと手招きをしている。

「…やだ、ねぐせ伝染る」
「おそろい嬉しいだろ」
「寝言は寝て言ってほしい」
「いいから来い」
「わ、」

 ぐいと問答無用で手を引かれてそのまままんまと腕の中に閉じこめられてしまった。もぞもぞ抵抗してみても腕の力が強くなるだけで逆効果。あー、不毛。

 ぎゅ。

「お?」

 ならば、と鉄朗のくろいTシャツを握ってぴたりと胸に寄り添った。視界がなくなる。巻き付いていた腕の力が弱くなる。そしてつむじの近くにくちびるが寄せられた。

「…疲れたからあきらめる」
「かしこいかしこい」

 ぽんぽんと頭をなでられたかと思えば鉄朗の大きな手はそのままわたしの髪を梳きはじめた。その甘ったるい感触に、心地よい心臓の音も相まって徐々にまぶたは重さを増していく。
 
「……ねむい」
「ふはっ…かわいいなお前」
「…さっきぶさいくって言った」
「さっきのはぶさいくだった」
「…………」
「拗ねんなよ」

 いたずらに笑ってるであろう表情がかんたんに想像できてなんとも言えない気持ちになる。口端をすこしだけ吊り上げて、音をつけるならニヤリがぴったりな、いじわるにも見えるそんな顔。
 頭をなでられてきもちよく眠りにつけそうだったのに、実は嫌いじゃない鉄朗のいじわる顔が見たくてそっと顔を上げる。
 
 すると、まるで待ち構えていたかのようにちゅとおでこで鳴るリップ音。さっきまでの心地よい眠気なんかどっかに吹っ飛んでじわじわと照れくささが広がっていく。
 今朝の鉄朗は何だってこんなに甘いのか。照れくささに負けて再び鉄朗の胸に顔をうずめれば笑いを含んだ声でかわいいかわいいと頭を撫でくり回された。

「そういや、さっき何考えてたんだよ」
「さっきって…」
「お前がぶさいくだった時」
「……絶対教えない」

 かわいいかわいいとペットみたいに頭を撫で回されたかと思えばまたぶさいく。もう何度目かもわからないぶさいくにそろそろわたしのガラスのハートはかち割れそうだ。そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
 意地で無視を決め込んで黙っていたら鉄朗にぎゅうと強く抱きしめられた。というかシメられた。

「…いい夢みたから鉄朗にも教えてあげようと思って」

 無理やり言わされる形で忘れかけていた夢の話をむし返す。今夢路を辿り返そうとしてもやっぱり何も思い出せなくて。ほんとに夢を見たのかすら疑いたくなってくる。

「へぇ…どんな夢?」
「それが、上手く思い出せなくて」
「あぁ、それで」

 わたしがぶさいくだった理由を勝手に納得したらしい鉄朗。次回考え事をする時は絶対鉄朗とは逆を向こうと心に誓った。

「…まぁ、でもよ」
「ん?」
「この瞬間より幸せな夢もないんじゃないデスカ」
「…………」

 抱きしめられて頭に顎を乗せられて。
 思わず沈黙。

「なんか言えよ。俺が恥ずかしいだろ」
「うん、鉄朗恥ずかしい」
「お前ねぇ…」

 くすくすと漏れる笑いを隠すことなくそう告げれば「ぶさいくの仕返しか」と顎で頭をぐりぐりされた。
 あぁ、今になってやっと見ていた夢をぼんやり思い出してきた。でももう晴れ始めたもやの中を必死に辿る必要はなくて。夢よりも現実に、すぐ目の前の触れられるところにこそ幸せはあるんだなぁなんて。わたしも大概恥ずかしい。

 まったく、今日はなんて甘ったるいんだろう。


うつつにとろける
お前を幸せにするのは俺だけで充分です


「ほんと鉄朗恥ずかしい」
「なんとでも言え」
「でも好き」
「……それは、反則」

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