会うのは久しぶりだったけど、やっぱりわたしは自来也さまが好きだ。数歩前を行く背中を眺めながら一人そんなことを思う。その大きな背中は見ているだけでわたしに安心感を与え、憧れを抱かせる。時々見せる厳しさは愛情故。いつだって優しさが前提だ。物心つく前から両親の居なかったわたしにとって自来也さまは…お父さん、みたいな人。


「やっぱり故郷が一番落ち着くのォ」
「それならもっとゆっくりしてったらいいのに」
「そうも言ってられん。こう見えてわしも忙しい身でな」


 ちらりとこちらを振り返り、ニッと笑って見せるその表情は悪戯好きの子供に似ている。自来也さまはいつだってそうだ。気まぐれにふらりと里に帰ってきてはまたふらりと旅に出てしまう。じっとしていられない人なのだ。たかだか二十そこそこの歳しか食っていないわたしが言うのも何だが、そういう所は可愛らしいとも思う。


「ところで…ナナよ、」


 ぴたり。自来也さまの足が止まる。それに倣いわたしも足を止めた。いくらか真剣味を増したその声に自然と背筋が伸びる。そして、自来也さまは至って真剣な面持ちでわたしを振り返った。握った拳の親指だけを立てて。


「コッチの方はどうだ?」
「………」


 思わず眉間にしわが寄る。背筋まで伸ばして身構えた自分が馬鹿らしい。本当に。ぐっとわたしが強く拳を握ったのもお構い無しに、すっかりにやにや顔の自来也さまは話を続ける。さっきの真剣な顔はわたしの幻覚だったのだろうか。


「お前も年頃だからのォ。男の一人や二人…」
「いませんよ。今は」
「今は!?過去にはいたのか!?」
「そりゃまぁ、一人や二人は…」


 そう答えれば自来也さまからにやにや顔は消え失せて何とも言えない微妙な表情になる。果たしてこの人はこんなにコロコロと表情の変わる人だっただろうか?じっと黙って見ていたら、自来也さまはそのうち顎に手を宛てて何やら考え込んでしまった。



「自分から聞いといてなんだが、複雑だのォ…」
「え?」
「娘に男が居ると知った時の父親は、こんな心境なのかもしれん」

「…むす、め……」


 たった3文字の言葉は見事にわたしの胸にひっかかった。それは、少なからずわたしのことを娘のように思っていてくれたのだと解釈してもいいのだろうか?わたしが自来也さまを実の父みたく思っていたように。


「しかし、過去に男がいたと知っただけでこれじゃあ、お前が嫁に行くなんて言い出した日にはわしはどうなってしまうのかのォ…」

 がくんと肩を落とした姿はなんとも情けなくて愛おしい。思わず笑いを溢したわたしに自来也さまは「お前にはわかるまい」と溜め息を吐いた。そんな姿を見せられれば笑いは更に込み上げてくるわけで。
 でもこれは別に自来也さまを馬鹿にしているわけじゃない。嬉しかったのだ。そんな風に大切に思って貰える事が。


「さすがにお嫁に行くのはまだ先の話だけど、でも…」


 もったいつけるように言葉を区切って、一歩、二歩、足を進める。


「結婚するならお父さんみたいな人とがいい、かな」


 そう言って笑って見せれば自来也さまは鳩が豆鉄砲食らった様な表情で暫く固まって、そして笑い出した。それはもう豪快に。そうかそうかと笑いながら大きな掌でわしわしとわたしの頭を乱暴に撫でる。


「さて…そろそろ行くとするかのォ」
「気を付けてね」
「あぁ、またな」
「うん。行ってらっしゃい」


笑いがおさまった頃自来也さまは最後にもう一度ぽんとわたしの頭を撫でると前を向いて歩き出す。少しずつ遠ざかっていく大きな背中は心なしか嬉しそうだった。










title:空をとぶ5つの方法




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