先に言っておくと此処はコンビニである。菓子類が陳列された棚の前であーでもないこーでもないとぶつぶつ言っている男は、もう随分と長い間そうしていた。時折指を折りながら難しい顔で何かを数える姿はどう見ても頭が悪そうで。


「なぁ!」


 と、そんな失礼な事を考えていた矢先。突然声をかけられて大袈裟に肩が跳ねた。


「計算機ないかな」
「………はい?」
「けいさんき」


 どうやら思考が漏れていたわけでは無さそうだ。よかった。そうとわかれば、急に話掛けんなとか携帯にも電卓機能付いてんだろとか内なるわたしは安心して悪態をつき始める。だけど現実のわたしはどぎまぎしながらお菓子売り場の男に近付いて計算機を手渡した。さんきゅ。友達みたいなノリで礼を言われたので軽く頭を下げてレジに戻る。いや、戻ろうとした。


「俺、今日がホワイトデーだってすっかり忘れててさ」
「……はぁ、」


 踵を返そうとするわたしに、男は計算機をぱちぱち押しながら話を始めたのだ。聞けば彼は学生で通学の途中すれ違った人の会話で今日がホワイトデーだと知り、慌ててこのコンビニに駆け込んだんだとか。去年の今日は手ぶらで学校に行き女子から散々非難の言葉を浴びせられたらしい。
 と、いう話を気の利いたリアクションも取れず曖昧に笑って聞いている内にお返しを選び終えたらしい男はカゴの中身を数えて、よし!と丸めていた背筋をぴんと伸ばす。つられてわたしも同様に。


「ギリギリだった」
「何がです?」
「金」
「あぁ」


 思わずプッと吹き出せば男は恥ずかしそうに何だよと口を尖らせた。その姿が何だか可愛らしくて、すみませんと誤りつつ弛んだ口元はなかなか戻らない。失敬な奴だなんて言われながらレジで会計を済ませ、お菓子の箱が数個入ったレジ袋を渡す。


「ありがとうございました」
「俺もありがとう、助かった」


 男の言葉に軽く会釈で返す。何もしてないけどね、わたし。店を出ていく男を見ながらあのお菓子を渡される女の子達が少し羨ましいな、なんて思う。きっと何も考えずコンビニ袋からお菓子を出してそれを渡して、コンビニのかよとか突っ込まれるんだろうな。でもそういうトコが憎めなくて人気があるに違いない。
 という勝手な想像に至った所で、店を出たにも関わらず店の前から動かない男に首を傾げる。男は何かを悩むそぶりを見せた後にくるりとまた店に入ってきた。買い忘れだろうか?


「これ、一個やる」
「えっ?」
「計算機のお礼だ」
「は…」
「じゃあな!」
「あ、ちょ…!」


 早口で突き付ける様に渡されたお菓子の箱を受け取って、早足で逃げ去る男の背中をポカンと見つめた。
 え?何コレ?自分の手の中にあるお菓子の箱を見ながら一人で赤くなる。え?え?こんな事をする意図を良いように深読みして勝手にドキドキし始めた心臓は、違うぞと何度言い聞かせてもおさまる様子は無い。





午前10時のロマンチック
っていうか、コレ…わたしが貰っちゃったら個数足りなくなるんじゃ…



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -