「ペンギンってゲイ?」

「殴られたいなら素直にそう言え」

「ちがっ、たんまたんま!」



 拳をかざすペンギンの腕を押さえてとりあえず謝った。違うんだ、別に殴られたかったわけじゃない。今のは純粋な疑問から生じた質問なのだ。
 今夜は小ぶりな月が遠慮がちに辺りを照らし、海は穏やかに凪いでいるという何とも雰囲気のいい夜だ。しかもみんなは先の宴で騒ぎ疲れて眠ってしまったので今起きているのはわたしたちだけ。更にわたしとペンギンは二人ともほろ酔いときてる。つまりわたしが言いたいのはこういうことだ。



「この状況でこんなに可愛い女の子を目の前にして触れもしないなんてペンギンどうかしてるって思ったの」

「そんなことで男をどうかしてると判断するお前の方がよっぽどどうかしてる」



 うーむ、そうなのだろうか。穏やかに船に寄せる波を眺めながら考え込んでいると、「でも」と顔のすぐ横でペンギンの声が聞こえた。



「言われてみれば確かに可愛い顔してるかもな」

「は?今更そんなこ、と…言ったって……って、ちょっと、」



 わたしの顎を掬い品定めをするようにじっと顔を見てくるペンギン。僅かに上がっている口角が何だか腹立たしい。文句の1つでも言ってやろうと口を開きかけたその時。もう片方の手でゆるく腰を抱き寄せられ、二人の距離はゼロに等しくなった。普段からは考えられないペンギンの行動に思わず口を噤む。
 もしかしてわたしは余計な事を言って全くそんな気など無かった彼を煽ってしまったのだろうか。どうしようどうしよう。ぐるぐる回る頭で取り敢えずペンギンの腕から脱出しようという考えに辿り着くが、それとほぼ同時にペンギンの顔がゆっくりと近付いてきた。これはまさか。いや、そんなまさか。



「…っ!」



 咄嗟に堅く目を閉じて唇に来るであろう感触に身体を強ばらせたが、待てども待てども唇には何も触れはしなかった。
 その変わりに耳許でペンギンが少しだけ笑いの混じった言葉を残していったのだ。



「なんてな」

「………」

「おれはそろそろ部屋に戻る。お前もあんまり夜更かしするなよ」

「………」



 “なんてな”って……仕返しか。ゲイだと言った事に対しての仕返しなのか、コレは。だとしたらペンギンは心が狭すぎると思う。だってアレに対してコレはどう考えてもやりすぎだ。
 ふざけんなと殴りかかってやりたいとこだけど、どうにも身体がいうことをきいてくれない。心臓がばくばくいって呼吸は止まりかけているような状態だ。
 嫌…ではなかった。ほんの僅かだけど残念がっている自分がいるのも確かな訳で。たぶん身体がいうことをきかないのはしっかりとそれに気付いてしまっているから。



「そうだ、」



 ただ目を開いて唖然と立っているだけのわたしを、何かを思い出したように振り返るペンギン。そんな彼の放ったたった一言はわたしの混乱しきった思考回路を破壊するには十分すぎる一言だった。







(可愛いと思ったのは本当だよ)










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20110614
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