01

 事実は小説より奇なり、とは言うものの、その“奇”に当てはまりそうな事柄を体験したことなど、今までこれっぽっちもなかった。
 初めてがこれはちょっとハードモードすぎませんか。

 気がつけば、いつの間にか、どことも知れない場所に立っていた。
 面白みもないありがちな三文小説みたいな文言ではあれど、それがそのまままるっとわたしの状況だったのだから致し方あるまい。
 どうやどこぞの建物の中らしいけれど、まったくもって見覚えがない。なんだ一体何がどうなってそうなった、わたしはただ毎日のルーチンワークを終えてベッドに入っただけなのに。そんな事を思いながらひとまず歩いてみると、やたら周囲のものが大きい――というか、目線が低くなっていることに気づいた。両手を掲げてみれば美味しそうなもみじのてのひら、見下ろしてみれば所謂キューなんとかちゃん体型が目に映った。
 それはちょっと置いておこう。
 あんまり突拍子もないことが起きると人間は理解を放棄したり受容を拒んだり問題解決を先延ばしにするというのは本当なんだなあというのが、わたしの抱いた小学生並の感想なのであった。まる。
 部屋の中は全て白い壁と天井に、飾りっ気ない机や棚が置かれて、そこに整然とファイルやらが仕舞われている、なんとなく雰囲気的にはオフィスというか、研究室のような感じがする。
 出入り口は一つ、ノブはぴょんぴょんと跳び上がればぎりぎり手が届いたものの、回そうとしてもガチリと途中で止まってしまって開かなかった。つまりこれは密室殺……じゃなく、監禁事件。いやただ単に閉じ込められてしまっただけというか、そもそもこの部屋の持ち主はわたしがここに現れたことは想定外なのかもしれないけれど。
 脱出ゲームのつもりでそろそろと見回ってはみたけれども、視点の高さ的に上のほうは覗けないし、そう広い部屋でもなくあっという間に一周してしまった。そして使えそうなものは何もなかった。少なくともわたしには使いみちが思いつかないものばかり。工具みたいなものはないし、目と手の届くところにあるのは書類やゴミ箱やシュレッダーくらい、デスクの下の引き出しも開けてはみたけれどがらんとしていて、棚の一段目には鍵がかかっていた。
 ここは普段遣いされていないところなのかもしれない。部屋の隅やデスク下に置かれた書類なんかにはホコリが被っていた。
 ううん、どうしよう。
 手持ち無沙汰になって壁際に凭れかかって座っていると、しばらくして、どん、という音が聞こえた。こもって遠いそれは、部屋の外のどこかで鳴ったものらしい。
 なんだったんだろう、と思う暇もなくもう一度鳴った。どん、どん、と更に数度続く。それ以外の音も微かに。
 ……何と断定出来るわけではないけれど、すごく不穏な音な気がする。

 じわじわと湧いた不安をごまかすよう、ぎゅっと膝を抱えてさらに数分後。
 不意に、バン、と派手な音を立てて、わたしが背を預けていた壁沿いの扉が勢いよく開いた。
 びっくりして顔を向ければ、外から飛び込むように入ってきたスーツ姿の人の男の人が、探しものをする風の素振りでぐるりと首を回し――はっと何かに気づいたような表情をして、急にばっとわたしのほうを向き、その手に持っていたものを、わたしに向かって突き出してきた。

「……!」

 ――銃!
 男の人は、到底遊びには見えない気迫を纏っているし、その構えもかなりさまになっていて、もしかしてここはサバゲーのフィールド……なんて聞けるような感じはさっぱりない。
 しかし、わたしだけでなく男の人も驚いた様子で、目を見開き口も半端に開いたままわたしを見つめて、数秒の間固まっていた。

「……き、きみは……」

 つぶやくように言って、男の人が銃口を少し下げる。その表情は、困惑、と言っていいもののように見えた。





「ほら、ココアだよ、どうぞ」
「……」

 甘〜いイケメンフェイスにぽや〜としかけたけれども、この人は拳銃を持ってそれを人に向けるような人なのだ。更には有無を言わさずあれよあれよと家に連れ込まれてしまった。絶対にやばい人だ。要求はコッペパン程度じゃすまないはずである。
 どういう道取りをしてきたのか、どこにあるものなのか分からないマンション、なんだかやたらめったら綺麗な、モデルハウスみたいな内装に、ほんとうに使っているものなのか怪しくなるような真新しく見える家具。お兄さんは買ったばかりらしいココアをバリバリ開封して、これまた買ったばかりのパックの牛乳を開けてマグに注ぎレンジで温めた。その動きも、この綺麗な部屋で浮いていた気がする。
 座らされたソファの上、もうお兄さんがやろうと思えばなんでもひとたまりはないだろうけれども、なけなしの抵抗として端に寄る。
 お兄さんは眉を下げてマグをテーブルに置き、ソファに座って、体をねじって座面に手をつき、わたしの顔を覗き込んできた。ひっと声が出そうになって、どうにかこうにか飲み込む。

「……ねえ、お名前教えてもらえないかな?」
「……」
「僕はね、安室透って言うんだけど」
「……」
「透くんって呼んでくれていいからね」
「……」
「僕とおしゃべりするの嫌かな? 僕はきみと仲良くしたいんだけどな、寂しいなぁ」
「……、……」

 その金の頭にわんこのお耳があったのならペタッと垂れ、喉元からはきゅ〜んてな音でも出るんじゃないかといった風の、あたかも悲しげな表情に思わず心が痛みかけてしまった。しかし騙されてはいけない、このお兄さんは、多分それを本心からしていないのだ。

「ねえ、きみは、あそこで何してたのかな? ずっとあの場所にいたの? ――もしかして、僕のことを知ってるのかな?」

 だって、そう聞くお兄さんの目は、さっきと違う。
 きゅっと瞳孔が縮まって、より青みが増したそこには、恐ろしい何かがある。


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