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「brand-new」 「ぶらんにゅー」 「newよりもっと新しいという表現だ。買ったばかりなんだろう」 「pile」 「ぱいる」 「積み上がったもののことを言う。この場合苺やブルーベリーの山になる」 「puddle」 「ぱどー」 「水たまり。mudは泥だ、ぬかるみと考えていい」 迷った挙句に、ちょっと自信のないところを指差してみれば、そんな調子で、秀一さんは音声機能付き英和辞書みたいにサクサク答えていってくれた。半裸のまま。 服を着なくても良いんだろうかと思っていたけれど、そんなことを気にしている素振りもなく、髪の毛もタオルで拭いただけ。 いつもそんな感じなのだろうか。男の人はみんなそうなのか? 身近な例で言えばお父さんなんかはドライヤーも使わずパンツいっちょでうろついてビールを飲んでいたけれど、さみしくなりかけの頭だったし年も違うし、しかもそのたった一例しか知らないのでさっぱりだ。 濡れてしっとり纏まっていた秀一さんの髪は、時間が経つにつれ空気を含んで少し広がって、絵本を見下ろし首を俯けると前髪がぱらぱらと下りていた。 緩やかにウェーブする髪の隙間から視線を向けられるとちょっとドキドキする。色んな意味で。 そんなこんなで髪が乾くほどの時間付き合ってくれ、一区切りつくと、秀一さんは飯にするかと言ってキッチンに立ち、なんとそのまま料理を始めた。 なんとなくあんまりそういうことをしなさそうに見えるけれど、そういえばジョディさんが“煮物しか作れない”と言っていた。つまり煮物は作れるということだ。ジョディさん、もう来ないのかなあ。 秀一さんは慣れた調子で鍋や食材を取り出して、すこすこと玉ねぎや人参やじゃがいもを切っていく。 オリーブオイルの王子様をテレビ越しに見るくらいで、例によってわたしにとって生身の男性のサンプルはお父さんしかいないので、目の前にいる男性が料理をするというのがすごく珍しいものに感じる。 最近の男子は料理くらいしないとモテないみたいな話も聞くけども、この人がモテ意識でやってるということは万が一にもなさそうだ。趣味でもなさそう、節約か自己啓発? 思わずじっと見ていたら、切った食材を鍋にざっと入れたあと、秀一さんがちらっとこちらに視線を飛ばしてきた。 モロバレだっただろうに、秀一さんは慌てて絵本に意識を戻したわたしにツッコミを入れることなくちゃかちゃかと作り上げてしまった。 「か、かれー……!」 出来上がり少し前から漂う匂いにまさかとうずうずしていたけど、テーブルに並べられたのは、やはり予想通りのものだった。 神の食べ物カレー。食べてよし飲んでよし、胃に収めればたちどころ気力活力が湧き健やかになりけり、これさえ食べればなんでも解決するとはわたしの言である。 レトルトから本格派まで全部大好き、毎日食べても全然飽きない、朝からカレーでも良いカレー教信徒のわたしは大喜びでがっついた。 まろやかな甘口、こ、これはチーズが入っている……。 「落ち着いて食べろ」 「は、はい……」 5000ペリカのビールを買ったような気持ちでうまっさいこーひーひーと食べていたら、ちょっぴり呆れたように窘められてしまった。 「おいしー、やみー、です」 「……そうか」 秀一さんは頷いて静かに手を伸ばし、わたしの襟元にテッシュを挟んだ。よだれかけやナプキンのようだ。というかまさにそのためなんだろう。 さすがにこのかわいい部屋着まで汚したくないので、おとなしくちょっとずつ慎重に食べることにした。 「ああ、そういえば――」 食事と歯磨きを終えたあと、秀一さんは徐に寝室へ行って、そこから持ってきたものをわたしに手渡した。 抱きつけばちょうど手が回るくらいの大きさの、もふもふの体。ぴんと立った耳、くりくりのお目々、ちょんとしたお口。 とっても見覚えがある。つい昨日、洋服屋さんの棚の下にの方にいたうさぎのぬいぐるみだ。水色の服を着て、寝っ転がったようなポーズを取っているネザーランドドワーフ。 「……!!」 お、お前はあの時のうさぎ……! そんな事実は一切ないけども、まるでいつか助けた鶴が恩返しに来たか序盤で戦った敵が終盤になって仲間に加わってきたかのような気分だ。 ま、まさか秀一さんが欲しくて買ったのを見せびらかしてるだけ……とかじゃないよな……。 「えと、あの……く、くれる……?」 「要らんのでなければ」 なるほど、あの時なにやらもじゃもじゃ店員さんとおしゃべりしていたのはこのためだったらしい。 め、めちゃめちゃいい人じゃないか……家に泊めてくれて服を買ってくれた上、絵本も買ってくれるし、シャワーしてくれるし、カレー作ってくれるし……ヤクザみたいな体してるのに……めちゃめちゃいいヤクザじゃないか……雨の日に捨てられて濡れた子犬を服に入れて連れて帰っちゃったり……はしそうにないけど……うさぎさんくれるし……カレー作ってくれるし……。 もふっと顔を埋めれば、やわらかな毛が頬を擽ってとても気持ちいい。ちょうど伸ばされた前足がわたしの首に抱きつくような形になる。 かわいい、気持ちいい、ふわっふわ! 「ありがと!」 昂るテンションをそのままにお礼を言えば、秀一さんは無言でぱちりと瞬いた。 |