01

 ちりちりと、瞼を刺激する何かを感じて、意識を失っていたことに気がついた。
 目を開くと、陽の光で明るく照らされた室内が映る。どうやらいつの間にかひっくり返った挙句朝までその調子だったらしい。
 首を少し動かせば見えた、ベッドサイドに座っていた小さな体がこちらを向く。

「赤井さん、大丈夫?」
「ん……ああ、すまない」

 コナン君は手元の本を閉じて脇に置いた。

「いきなり倒れるからびっくりしたよ。どうしたの?」
「いや……」

 そういえば二十九歳アルバイターが工藤邸にやって来ていたんだった。それでいきなり、あの話をするもんだから。そもそもあいつが関わっていたなんぞ露ほども思わなかったから不意打ち過ぎた。

「バーボンは」
「帰ったよ」
「何もなしにか」
「まあ、なかったといえばなかったというか。――自己紹介をして、ちょっと話して、ご飯作ったくらい」

 ちゃんと寝ずに食べずに不摂生するからいけないんだってぷりぷりしてたとのこと。なんとも近所のお節介おばちゃんみたいな振る舞いである。

「安室さん、ゼロだったんだね」
「ああ」
「ジェイムズさんの連絡先教えちゃったよ」
「ボスの了承は得たんだろう?」
「うん」

 なるほどアルバイターはおまわりさんカミングアウトとFBIとのお見合いがしたかったらしい。つまり今は組織の人間と共にはいないか、その目が離れているか。
 あのアプローチの仕方からしてそんな心配はあまり必要ないだろうと思ってはいたが、手を出されることもなく、なかまをよぶコマンドを使われることもなく無事だったようでちょっとホッとする。

「顔合わせや詳しい話は後日ってことになったけど、ひとまず組織に気づかれないよう水面下で連携できないか模索するのが安室さんの目的だったみたいだよ」
「橋渡しが欲しかったわけだな」
「できればこちらとしても、バーボンにはキールに接触して取り持ってほしいところだね」

 キールこと水無伶奈は現在疑いこそ晴れたものの組織の監視が厳しくFBIどころかCIAとすらなかなか連絡が取れないのだという。ぼっちプレイも許されるバーボンの協力が得られればそれに越したことはないだろう。
 しかしコナン君の言いざまはもはや完璧にFBIである。まさか既にジェイムズが青田買いしていたりするのか? 俺より優秀だし俺の分の籍をプレゼントした方がマシかもしれんな。

 おまわりさんは俺の分の食事まで作って帰っていったらしい。起き上がって大丈夫かと聞かれて頷けば、キッチンに用意されていると言われた。しかも俺の意識が戻るまでコナン君がいることを見越して二人分。
 そのスキルとバイタリティに気の回しようは一体どこから来るんだか、多方面で優秀なおまわりさんである。
 肉じゃがと味噌汁に和物漬物、久しぶりに食べた彼の料理はなんだか懐かしく思えた。
 数年前はよく、そうして俺の部屋には彼と――、……いや、まあ、よくやってもらっていたし、おふくろの味みたいなラインナップだからだろうか。コナン君によれば随分美味しいとのことだ。
 口に放り入れたじゃがいもを咀嚼して飲み込んだところで、コナン君は思い出したようにあ、と声を上げた。

「そういえば、ごめん、赤井さんが眠ってる間に電話があって、ボク出ちゃったんだ」
「構わないが……誰から?」

 俺に電話をかけてくるような人間は限られている。
 そのうちの五割から八割くらい占めていそうなコナン君が応対したとあれば、有希子さんかくらいしか思いつかない。ジェイムズは俺がこうなっていたことを知っているだろうし。

「新出先生だよ」

 首を傾げた俺にコナン君が出したのは予想外の名前だった。
 以前おしゃべりに行った時、確かに沖矢昴の番号を教えてはいたが、先生から掛けてくるようなことはないと思っていた。用事がないのはもちろんのこと、こちらの事情も多少は知っていて、更には俺と違って多忙で、かつ空気の読める人なのだ。
 要件を聞いたか問えば、コナン君はやや眉を下げ、うーん、と曖昧な返事を返してくる。

「赤井さんは眠ってるって言ったら、ならそのままそっと寝せておいてくれって言って……可能であればまた来院して下さいと伝えてくれって、それだけ」

 これまでそんな電話をしてきたことはない。たまたま思いついての、単なる様子見なんだろうか。
 散々迷惑かけているんだからこれ以上心配させるのも忍びないし、そのうち顔を見せに行くことにしよう。


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