flechette |
「まあでもアンタ――悪かないね」 引き金を引く瞬間、そんなことをひょいと言われて、思わず肩が揺れてしまった。 スポッティングスコープを持っていた彼女にもバッチリ分かっただろう、放った弾丸は見事に目標から外れている。がつ、と、スコープで頭を叩かれた。 「なにやってんだいバカ」 すぐさま排莢装填して照準を合わせ直し、発砲音にあたふたキョロキョロする女の胸元を撃ち抜く。危ない危ない。 任務の成功を確認し、改めてライフルから体を離し彼女を見ると、視界の端に確かに映ったはずの、先程までの表情はきれいさっぱり消えていた。悔しい。だいぶ悔しい。 「いやその……」 今まで見たこともない笑みだった。 そして、今まで聞いたことのないあたたかな声。 うっかり童貞さながらドキッとしてしまったのだ。 「帰るよ。さっさと片付けな」 そっけなく顎で示されて、もしや俺の都合の良い妄想だったかと恥ずかしくなりかけ、しかし先に荷物を纏め扉を開いた彼女が俺を待つようにこちらを振り返ってきて、思い違いではなかったと知る。 それもはじめてする所作だったのだ。 彼女の愛車であるダッジ・ヴァイパーに乗せてもらえるようになったのはつい最近のことで、まだハンドルを握らせてやるほどではないということらしく、運転はキャンティだ。 「驚いた。俺に好意を持ってくれていたのか」 「誰がそんなこと言ったんだよ。アンタのR93? 名前はラウラかい?」 「これは借り物だ」 「そうだろうさ。アタイが口利いたんだ」 「ありがとう。なかなかだ」 今回の銃はキャンティが用意してくれたものだ。速射性の高いそれのお陰でうっかり取り逃して怒られたりせずに済んだ。直動ボルトだしずっと使い続けたいかと言われると微妙だが、仕事内容によっては活躍しそうな代物である。 単純に自分が弄りたいだけだろうが、キャンティはたまにこうしてちょっと変わったものを取り入れてくれる遊び心も持っているのだ。素敵な趣味をしている。 ラウラか、いいかもしれない。 道具に名前を付けるというのはよくある話だ。特に武器の類は命に直結する場合があるのだから丹念な手入れを必要とする。名を呼び愛着を持てばより自然にそれをこなせるようになるだろう。人間の脳のすごいところだね。 「だが魅力的なのはラウラよりキャンティだな」 いつものごとく罵倒と、何ならもう一発拳でも飛んでくるかと思ったが、彼女はしばし黙り込み、ギアを操作してから、「安いお世辞さ」と小さく独りごちるよう言った。それがまたわずかに俺の心臓を跳ねさせる。 「……アンタね、女を他のものと比べんじゃないよ。だからダメなんだ」 ぼそりと零して、ヴァイパーは随分派手にタイヤを滑らせて曲がる。それなりにGが掛かって、シートベルトでぐっと体が締め付けられた。幸いそれで少し落ち着く。 「しまったな。下手なんだ」 「まったく」 「俺も好きだ」 「“も”?」 「俺は好きだ」 「どーして一発で決めれないかねえ……」 「難しい。試射がないものだから」 キャンティは車の運転もなかなかにうまい。あれこれ喋りつつ、荒っぽいながらもそこらの車をサクサク追い抜いて悠々と置いていってしまう。 聞くところによると戦闘ヘリすら乗り回せるという。騎乗スキルがずいぶん高いようで尊敬する。 俺は空飛ぶ乗り物の操縦は苦手なのだ。操縦桿を握れば総じて某ゲーム会社も真っ青な落ちっぷりを見せることだろう。万が一飛べてもRPGやSRAWのいい的になるに違いない。今度教えてくれないだろうか。 「……土曜。夕飯何にするか迷ってんだ」 「ぜひ奢らせてくれ」 「そうかい? ま、いいけど」 あんまり洒落てお高く止まった店は好かない、とやや尻すぼみに言う、尖らせた口が可愛い。 あっという間に山を越え、都内に入ったところでヴァイパーは緩やかに減速した。トロトロと走る前方の軽に、キャンティがため息を吐いて、それと同時に声の調子を変えた。 「まあでも、もうラウラを使うのは止めることだね。アンタの指でなんか感じちゃくれないよ。黙りこくるか薬莢ぶち当ててくる程度なら可愛いもん、暴発の一回くらい覚悟しときな」 「ラウラなのにか」 「どんなにお優しく澄ましてようが、ハジかかされた女はかかせたクソ男のケツ吹っ飛ばすまで何でもやるもんさ」 「それはきみも?」 「どうかね。そう思うなら、せいぜいご機嫌取りな」 「そうする」 うまい店のリサーチをしたいところだ。しかしあいにく自分じゃ分からないし、ベルモットが選ぶようなところはそれこそ趣味じゃないだろう。意外とコルンあたりと舌が合ったりしないだろうか。 そうやって悩むのも童貞じみてる気がするが、運転席からちらちらとこちらを伺ってくる視線もあいまって、それすら心地よく感じた。 |
リクエスト - キャンティルート / 匿名さま ありがとうございます |