おきゃがれこぼし

 オーケー。

「つまりあなたは、いくら血を流そうが火傷をしようが骨折しようが痛くもなく、自分の下手くそなものはおろか僕の作ったものでさえ味がせず、年がら年中ニット帽を被っていられるほど暑くも寒くもなく、それらや世の中で起きていることが理解も納得も出来ず奇妙なものに感じられるから、この世界を夢だと思っていたわけですね」
「そうなるな。しかしどうしてお前はそういちいちなんだか一言二言三言多いんだろうな」
「あなただって四言も五言も多いですけどね」
「はは、こやつめ言いおる」

 全くもって頭が痛い。今のところ心情的な意味のみではあるが、そのうち本当に痛くなってきそうだ。労災もおりないっていうのに。ぞっとするから真顔と抑揚のない声でハハハと笑ったような事だけ言うのは本当に勘弁して欲しい。

「大丈夫か、また面白い顔してるぞ。安定しないな、作監誰? 俺が石油王だったら制作会社にポンと現ナマか金塊トラックで支援してやりたいところだけども」
「何の話をしてるんだか知りませんがいりません」
「俺より稼いでそうだもんな。おまわりさんってそんなにいい商売でもないと思うんだが、なんだお国柄? 残業手当?」
「あなたと違ってとっても真面目に働いているもので。――それで、目を覚まそうと思って飛び降りたって?」
「いや、まあ。前々からやってみようとは思っていたんだ。飛べるかもしれないと。でも無理だったな。そりゃ霧絵さんだって肉体ごとふよふよしてたわけじゃないもんな。うっかり」
「うっかり……だから手を切って“夢から覚めていないこと”を確かめたと」
「それも無駄だったな。さすがにちょっと混乱していた。したって無駄だったんだ。なにもかも。終わらない。あんなことじゃ終わらなかった。馬鹿だった」

 なによりゾッとするのは、こいつの瞳の昏さやその濁り方が、これだけ馬鹿みたいなことをいくら喋ったって一向に変わらないところだ。

「……ほんっとうにね。馬鹿の極みですね」
「キワミとは。そこまでいくと逆に強そうだな。多少の精神汚染はシャットアウトできそうだ」

 ……オーケーオーケー。
 相変わらず呑気なんだか正気を失っているんだか分からないことをべらべらと喋る彼は置いておいて踵を返し、病室の扉へと歩を進め、それを思い切りがらりと開けた。先程からちらちらと気配をさせていたのは、彼の同僚の女性だった。
 ごめんなさい、やっぱり心配になって、と申し訳なさそうにする彼女を室内へ誘い、彼の前に突き出してやる。

「とにかくあなたはまず謝りなさい。聞いてるんですよ、あなたがやったこと」
「そんな子どもの喧嘩を仲裁するみたいに」
「誰がママだ」
「お前がママに――ってこれはさすがにアレか……」

 彼はそう呟くと、ええと、と言いよどむ。

「はい、“ごめんなさい”」

 促せば、なんだかもぞもぞと居心地悪そうに、「ジョディさん、ごめんなさい」とまさに子どもの謝罪のような言葉を出した。
 それを受けたスターリング捜査官があんぐりとする。どうしちゃったのと。きょどきょどと、僕と彼を見やって、困惑した様子だ。分かる。気持ちはとても良く分かる。

「い、いえ……別に、謝らなくても……。……というかあの、あなた、フルヤとそんなに仲が良かった?」

 彼は彼女の問いかけに逡巡するようにした。しばらく待ったが、結局口を閉じたまま。先程までの立板に水のような勢いはどうしたというのか。目もろくに合わせようとしない。仕方ない。

「そうなんですよ、スターリング捜査官。いままで立場的に色々とありましたから控えていたんです。――ああ、すみません、彼、どうも調子が戻らないようで……またのちほどお話をして頂いても?」
「え、ええ……ごめんなさい、また……来てもいいなら、来るわ」

 多数のクエスチョンマークを顔にありありと浮かべたまま、彼女はそろりと退室していった。

「なんなんですか急に……」
「……見つめ合うと素直におハナシできない的な……」
「それギャグで言ってるんですか?」
「お前が神山だったのか」
「降谷ですけど」

 いつもいつも知らない名前を出してくるが、実在の人物なのか? イマジナリーフレンドじゃないだろうな。


 まもなく昼食の時間になって、彼は運ばれてきた食事をいつもの如くうまくもまずくもなさそうに口にした。

「やっぱり味がしない」
「どれだけ不味くてもわからないんだから儲けものだと思いなさい」
「ポジティブですね……可符香ちゃんみたいだ……」
「カフカ? 好きなんですか?」
「嫌いじゃない……」
「意外ですね」

 それから前触れなく、げろ、と。
 食べた分そのまままるごと吐き出した。

「な、なにやってるんです」

 インコの求愛行動でもあるまいに。
 背を丸め、えづく合間に途切れ途切れ俺も驚いたなどと言うものだから単純に体の問題かと思いきや、そうではないようだ。

「……ここが、げんじつだと、いうのか」

 体も声も震わせるそのさまに頭を抱えた。今度こそ本当に痛む。図太いのか繊細なのかどっちなんだ。



リクエスト - へぎほしはじかみの続き / 六花さま、沢ひこさま
ありがとうございます



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