Nightmare |
ぱちりと、スイッチが入るように唐突に、視界に白が飛び込んできた。 知らない天井だ、なんつって。いや今度はほんとに。 なんだかえらく長く、奇妙な夢を見ていた。 首を回して見てみると、どうやらここは病院らしかった。寝過ぎて入院したのかまさか。一体誰が手続きをしたんだか気になるところだが、個室らしくしんとして、誰もいなかった。ううんぼっち。 窓の外は快晴だ。木々もなく雲も見えないので季節もわからない。 ぼんやりそれを眺めていると、かちゃりと音がした。その元を辿れば、扉が開いていて、ノブを持ったまま固まって驚いたようにこちらを見る、金髪の男性がいた。 「目が、覚めたんですか」 かつかつと近寄ってきた男性は、俺と視線が合うとギリリと睨んだ。 「――底なしのバカだな、お前は! あの子が間に合わなければ死ぬところだったぞ! 彼は戻ってこいと言ったはずだ、それにどの口が了解とのたまったんだ! お前はリードまで付けられなきゃいけないのか!?」 いきなり罵られてしまった――が。 「……どなたでしょうか」 ずいぶん気安いような口調であるものの、こんな知り合いいた記憶がない。俺の周りにはいい年して金髪にするようなヤンチャな男はいなかったはずである。 「なに、を……ふざけて……」 「あの、部屋間違えてませんか。プレートちゃんと見ました?」 男はざっと青ざめて、慌ただしく退室していった。怒鳴る前に気づいてほしい。かなりのうっかりさんである。 そういえば――夢の中の登場人物に、ちょっと似ていた、ような――。 なんとはなしに持ち上げた腕は包帯まみれでミイラじみていた。布団をめくって落とし、服をはだけてみれば、体にもみっちりと白い布が巻かれている。――これは。 なにかちょうどいいものはないか。 体を起こしてきょろきょろと室内を見回して、床頭台にあったフルーツの盛り合わせと、その脇の果物ナイフが目に入る。 木製らしい柄を持ち、鞘を外して放った。 左手の手首に銀色のそれをぐ、と押し付ける。 ぶつ、という音ののち、じわりと血液らしきものが滲んで流れ出し、引き切るとその量は増したが――かけらも痛くない。 「――」 その左手で盛り合わせのみかんらしきものを掴もうとしたが、うまく握れず取り落としてしまった。 ナイフを膝に置いて右手でりんごを掴み、一口齧る。じゅわりと、水分が口内に広がる。 ――何の味も、しない。 自然と弛んだ指から逃れ、赤いそれがころりと転がっていく。 ここは。 まさか。 「――な、何をしているんだ――!!」 ばたばたと、騒々しい足音とともにやってきた先程の男が、血の気の引いた顔でそう言い、すさまじい勢いで近寄ってきて、俺の膝にあったナイフを取り上げ壁に叩きつけるように投げた。 「あ、赤井さん!? それ、自分で――!?」 男のあとから部屋に入ってきたのは、小学生くらいの小さな男の子。 眼鏡をかけ、青いジャケットを着て、やや大きなスニーカーを履いている。このこは。 「……コナン君」 「あ、あれ、わかるの?」 「……バーボン、安室透……降谷零」 「一時的なものだったか――」 「どうしてまだ……」 「どうしてはこっちの台詞だ、何でこんなことを――」 なにやらわあわあと声をかけられているらしいが、うまく聞こえない。何を言っているかわからない。理解できない。――聞きたくない。 両手を上に向け、それに視線を落としてみると、視界には赤色が映る。 左手の手首から、溢れるように。それだけじゃなく、両掌が、真っ赤に。 どこかから湧き出してきた音が耳を、脳を覆っていく。ぷつぷつ、ひゅう、ごほり。ひゅう、ひゅう、ひゅう。 まだ、まだ目が覚めないのか。 ようやく覚めたと思ったのに。まだ――夢の中だなんて。 いつまで続くんだ、もうやることもない、終わったはずだ、もううんざりだ、くるしい、もうたくさんだ、こりごりだ、これ以上何があるっていうんだ。 どうして、どうして覚めない。 ぐずりと、不快な感覚がして、胸元に爪を立てる。がりがりと掻いてみてもおさまらない。もっと中の方、えぐり出すようにしないと、なくならない、力を込めたところで腕を掴まれる。なにか男の声が叱責するような響きで降り掛かっている気がする。左手にかえたが、こちらはあまり力が入らない。子供の悲痛な声も、したような気がする。 ぐずり、ぐずり、心臓を締め付けるような、内臓が溶け出すような、苦しい、気味の悪い感覚だ。取り除きたいのに、和らげたいのに、左手も取り上げられてしまった。くるしい、くるしい。呼吸が乱れる。不快な感覚がぞわぞわと喉にも上がって侵食する。息が、やり方がわからなくなる。それなのに一向に、この景色は消えない。 覚めない、消えない、終わらない。 終わらない、終わらない、終わらない。 ――ああ、悪夢は続いていく。 |