Cadmium poisoning

 終わった、という連絡はあっさりとしたものだった。
 鉛玉一つも使わず、その身一つでボスの心を撃ち抜いたという。
 つくづく少年漫画の主人公のような子だ。

 現場はたいそうドラマティックな空気なのかもしれないが、俺はといえば、ただ作戦の邪魔になる人間を排除して回っていただけである。一方アルバイター改め公安のおまわりさんはかっこよく派手に大立ち周りをしたとかなんとか。随分な落差だが、まあこんなもんだな。多少はやれることがあった分マシだ。
 はあ、と息が漏れた。
 そんなイマイチの脇役でもそれなりに疲れた。殺さず無力化するよう撃つのはなかなか神経を使う。それでも彼らが嫌がるから。ひとまず被弾した者はみな、手当や手術を受ければ生きて裁判に立つことが可能なはずである。
 合流しよう、との連絡に是と答えて、けれど階段を降りずに登った。

 ――なんだか気分が良かった。
  ――吐き気がする。
 屋上に出てみれば、遠くに見える空が少し白んでいた。日の入りから始まったと言うのに。あっという間に感じたが、戦いはそれなりに長かったらしい。
 きっともういらないと思って、荷物は床に放った。ライフル、スマホ、予備弾薬とスコープ、ハンドガン、インカムも引き抜いた。
 縁に立ってタバコに火をつけ、そのまましばらくぼんやりとしていれば、じわじわと朝日が姿を現しはじめる。

 いつだかの、マンハッタンを思い出した。
 あの時は夕焼けだった。
 ただ漠然と、俺はずっとああしているのかもしれないと思っていた。愚かにも。そして。

 ――今日は飛べるかもしれない。
  ――すべて終わらせてしまいたい。
 そんなことを考えたのだ。すんでのところでやめたが、いつかそのうち試してみようと、そうも思っていた。

 ――もう充分か。
  ――もううんざりだ。
 この先俺のするべきことはない。いるべき必要はない。自然と湧いて出たそれは当たり前のことのようにすんなりと胸に収まる。
 そうだ、この先には何もない。今ここだって、“なかったもの”なのだ。

 気分が良かった。反吐が出る。
 やるなら今だ。今なら飛べる。やり直しをする。もし飛べなかったところで――それはそれで、よかった。むしろそうであってほしかった。
 きっと、心地よい目覚めが待っている。二度と目覚めなくて済むというのなら、それが。


 全身引きずるような重たさだったが、踏み出した足は軽かった。
 着地する床を見つけられない足は、残りの体をあっと言う間に引きずって、いとも簡単に天地を入れ替える。
 もうあの波も聞こえない。結局その真偽だってわからなかった。

 俺は諸星大だった。俺には無理だった。
 俺はライだった。俺では出来なかった。
 俺は赤井秀一だった。俺には重かった。
 俺は沖矢昴だった。俺ではダメだった。
 俺は――もう、自分が誰だかわからない。
  俺は、誰にもなれなかった。
 ここがどこかもわからない。わからないままでいたかった。
 もうなんだってよかった。初めからわかっていたんだ。

 浮遊も飛翔も一秒たりともなかった。だめか、そりゃあそうだ。人間飛ぶように出来てない。落下はまたたく間だ。

 その一瞬の隙間、懐かしい音が、かすかに耳に届いた。
  なんて、大それたことを望んで、どこまでも愚かしい。

 ――十夜くん。
  ――

 ああ、ようやく呼んでくれた。
  ああ、最期まで呼んでくれないのか。


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