Seed

 僕はもう要らないから。
 自虐のつもりもなく、真実そう思って言った。数えるべき命日はなくなった。なにより、目の前の男からは、もうあの引き金を引いたような、自らを諦める素振りがなかったから。

 けれど男は、僕に名を呼ばれて表情を歪め、僕の手をぎゅっと握った。

「いいや、俺にはきみが要る。こうして生きているのは零のおかげだ」
「でも」
「それにこれからもいてくれないと困る」

 そんなはずはない。自分でも分かっていた。今この瞬間はたまたま、偶然の産物であって、僕が同じことをしたところで、こいつが死んだ世界がきっとある。僕の力なんて因果には及ばない。そしてこうなった今、いやはじめから、自分はこの男にとってめんどうな荷でしかなく、足手まといであって、枷でしかない。僕がいたところで何にもならないのだ。それを男も分かっているはずだ。
 心にもないことを言いやがって。男の台詞の最中までは、そう言ってやろうと、しかも言い出したらもっと他のことも、思っていることすべて、思ってもみないことまであらゆることを吐き出してしまうだろうと思っていたのに。そうしてまた男を困らせてしまうのだろうと。なのに。

「――きみがいないと、俺は寂しくて死んでしまう」

 は、と。
 思わず息が漏れた。随分間抜けな顔をしていただろう。まさか男から、そんな言葉が出てくるなんて想定していなかったのだ。
 大真面目なその顔と声が、面白くて面白くて。
 こらえきれずに笑ってしまった。

「それじゃあ、しかたないですね」


 毎晩一緒に床について、口づけられる度、あのときのことを思い出して、得体の知れぬ焦燥や陰鬱な気持ちは和らぎ、直ぐそばで体を横たえる男の体温だけに意識を向けることが出来た。

「――寂しくないですか」
「ああ、おかげさまで」

 僕の手を離さずに掴み返し、すり抜けず、振り払わず。
 僕を求めて、僕を生かし、僕の元へかえってくる。
 僕を、愛しいという。

 僕の――僕だけの、十夜。


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