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 コナン君に、自分の知っている“赤井秀一”は俺であってお前ではない、ということを言われても、迷子の子猫ちゃんは可愛らしくにゃんにゃん泣き出すこともなく、あたかもここの家主かのような落ち着きっぷりで口を開いた。

「それで、どうする? このまま監禁でもするか」

 三十路男ドヤ顔監禁××日間なんて誰得なんだ。相当ニッチな需要しかないだろ。
 というのは冗談にしても、実際そんなことをしたところであまりメリットはなさそうである。
 コナン君が何やら緊迫した表情でこちらを見上げてきているが、コイツやっちゃうんじゃないかとか思われてるんだろうか。そういうことを意味なくやるような変態趣味は断じてないのでよして。

「俺に関して言えば、そちらと争うことも、邪魔をすることも、己が利とは繋がらないし益もない、進んで取るべき手段ではないと思っている。あんたがここに、その格好でボウヤと共にいるということは、ここに至るまでの大まかな経緯は俺とさして変わらないはずだ。つまりは立場も目的も近いと見ていい、少なくとも互いに反するものではない――あんたは元ライで、今は沖矢昴なんだろう?」
「自分もそうだと?」
「まあ、身一つで証人もないから疑わしさは拭えんだろうが、それを知っていることこそが証左になり得ないか?」
「……」

 そりゃライと赤井秀一はともかく、それらと沖矢昴を結び付けられる人物がそうほいほいおられては困るけども。

「保持している人間が限定された情報だから、上流も辿りやすいだろうし、もし悪意あって来たんだったら、今そういう言い方をする意味は確かにないね。――じゃあそっちはどうしたいの?」

 コナン君の問いに、男がにやりと笑う。なんだか複雑な気分になる。

「この状況はどちらにとっても望ましいものではない。俺がそこらを彷徨いちゃそちらが困るだろうし、俺もこんな領域外にいるのは不本意なんだ。だが、原因や対処を探るにしても、人手がいるだろう?」
「そちらの“領域内”とやらに帰るのに協力しろということか」
「呼び出したのが新出智明のみでそれもすぐに帰らせ、以降に誰も来る気配がないところからして、あんたはこういった状況で使える手駒が少ないと見える。この不可解な現象を納める目処が立つまで、その一つになってやってもいい」
「……こちらの提示する条件を全て飲むのならば」
「構わんさ。まあ、最低限の自由と人権は侵されないものであることを願おう」

 まるでおにちく呼ばわり。
 ニッチ産業に足を突っ込むつもりはないしコナン君の教育に悪いので誤解を招くような言いざまは控えて頂きたいものである。むしろそれを条件に付け加えればいいのか。小学一年生の前でするに恥じない健全な言動を心がけるように。いやそれ俺も怪しいな。
 手駒云々で“あんたは”と強調するように少し調子を上げたところからして、男の方は“領域内”においてそうではないらしい。俺と違ってぼっちじゃないとな。
 コナン君を“ボウヤ”だのと古風な呼び方することもそうだし、よく回る舌といい、得意げな笑みや尊大とさえ言えそうな態度といい、どうにもこれが俺だとは思えない。
 その佇まい身の振る舞いがあまりに自然なもので、もしや自分では気づかないだけでいつも俺はこんな感じなのかと思いそうになったが、コナン君の反応的にそういうわけでもないようだ。
 物言いからして、男もコナン君と出会い沖矢昴をやるに至ったらしいし、大まかな経緯は変わらんとは言ったものの、どこで何をやったらこうなるんだかその細部が気になるところである。ダイバージェンスメーター何パーセントの世界から来たんだこいつは。

 ともあれ、ひとまずコナン君と二人で、俺とコナン君、その周辺の人間に危害を加えないこと、そのままの姿で外出しないこと、行動する際には必ず俺かコナン君に許可を求め、報告を必ず行うこと、出来得る限りの情報を開示すること、IDカードは俺が預かること、などと、その場で思いついた幾つかのことに頷かせ、残りは追々詰めることにして、男の拘束を解いた。
 男は縛られた跡の残る手をひらひらとさせながら、なかなかよく出来ていただのとしらとした顔でのたまった。
 それから何の気負いもなしにすたすたとこちらへ近づいてきて、俺の手元からタバコとマッチをひょいと奪う。そのまま流れるように箱から紙筒を取り出して咥えた。
 男のタバコの銘柄は、以前に俺も吸ったことのある、これぞタバコといった匂いがきつく渋く重いものだ。
 それに気づいて、男が慣れた手つきで火を付けたマッチがその先端に接する前に、紙筒を摘んで男の口元から引っこ抜いた。
 男がこちらを見遣る。そう分かりやすく顰めているわけでもないが、幾分機嫌を損ねた様子だ。

「……これも一々許可がいるのか?」
「そうじゃない」

 ひとまず箱まで奪い返して、ダイニングテーブルの上に放っていた、俺のタバコを取って戻り、それを箱ごと差し出した。

「吸うならこっちにしてくれ」

 男は黙って受け取り、一本取り出して咥え、消えてしまった先程のマッチと別にもう一本を挟み、指先で器用にずらしながら擦って点火した。今度こそ赤く光が灯ったのを確認すると、マッチの燃えカスを再度箱に押し込む。別にそれはテーブルの灰皿に捨ててくれて良いんだけども。
 すうと一度、それからもう一度、吸って吐いて味わうようにした後、男は眉を寄せた。

「舌に合わん」
「条件の一つだ」
「これが?」

 男が審理を求めるようにコナン君を見遣る。コナン君は若干慌てたようにしてその視線を受け、それから力強くうんうんと頷いてくれた。
 この体は匂いもいまいちはっきりと嗅ぎ取れずちゃんと判別できないものだから、鼻のいいコナン君に協力を仰ぎつつあれこれと探し回って、ようやく最近あの子の機嫌を損ねない程度の香りのものを見つけたのだ。それをまたあんなもんばんばか吸われてくさいわとストレートにダメージの入る四文字を食らってはたまらない。

「……ないよりはましか」

 男はやれやれと言わんばかりに、ほのかに甘い煙と共に息を吐いた。
 ジャケットにタバコとマッチを仕舞うと、右手をポケットに突っ込んで、左掌で顎を覆うかのようにして紙筒を指に挟む。
 ふ、と軽く煙を吐いてから、男は俺に向かって小首を傾げ、目を細めた。

「誰の趣味だ?」
「……」

 どうにも、その瞳で見据えられると落ち着かない。
 いつも鏡で見ている、俺と同じものなのに。
 ――むしろ、だからこそなのだろうか。


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