09

 どちらかというと拘束取り押さえといった気分だった。
 人体であるというのが疑わしくなるような、えらく固くガッシリとした大きな体に、がばりと覆いかぶさるよう、締め上げるように抱きつかれ、肺の空気がぐっと外に出るのを感じた。
 恐らくこれがもう少しモヤシの男であればキュッと細さを増してそうめんもかくや、骨粗鬆症の人間では全身骨折不可避であっただろう。いや流石に言いすぎか。ラノベの主人公じゃあるまいに。

「お久しぶりです、赤井さん」

 どうやら当人の意図としては純然たるハグであったらしい。
 挨拶の魔法でオーバーキルするような勢いは何処かのあかいあくまの指差し呪いを彷彿とさせる。持つもの持たざるものの格差とは恐ろしく残酷である。

「あ、ああ……」

 しかしそんな仲だったか俺たち。確かに飲みやメシに行ったりドライブをしたりなんかはしていたが、水着いっちょというニアリー裸の付き合いもしたが、それでも単なる同僚だったような気がするが。
 あいさつのあくまキャメルは、その強面をへたりと崩し、どことなく苦い笑いを漏らした。

「……体、少し薄くなりましたね」
「日本でジムに入会するわけにもいかんしな」
「何もマシントレーニングだけが筋トレじゃありませんよ」
「ん、まあ、そうだが」

 そういえば向こうでもよく、日頃からの体の動かし方一つ気をつけるだけで違うとか、一日サボった分を取り戻すのには三日かかるとか、こまめに語りかければ筋肉は答えてくれるとか、脳も筋肉だから俺は全身脳だとか何とか言っていたような気がする。後半は言ってなかったような気も大いにする。
 キャメルは眉を下げながら、筋肉、というか体には食事も大事なのだと力説した。ちゃんと食ってるかと聞かれて昨日もサンドイッチ食ったよしかもフットロングと答えれば、なにやらやや控えめに笑われてしまった。笑いのネタになったのならいいが、ちょっぴり恥ずかしいというか、複雑な気分だ。
 それらを、ハグしたまま、他の捜査官たちも見る中、こいつはやってのけたのである。

「……いつまでやるんだ?」
「あ、すみません」

 申し訳なさそうにすごすご離れていくキャメルを目で追い、彼と面識がなかったらしい捜査官たち、特にジョディがポカンとしていた。

「あの……もしかして、彼が、ジムに一緒に行ってたっていう?」
「ああ」

 一方キャメルと一緒にやってきた面子や、元々交流のあった捜査官たちはどことなく生暖かい視線を送ってきて、何とも言えない顔で笑っている。
 まさか外堀からケツを埋め……掘……どっちか知らんがそういう気じゃあるまいな。別にそういう意味でジム行ったりしてたわけじゃないぞ。
 ともあれそれは置いておいて、残りの人間の紹介を済ませると、概要をさくさく話して、さっそく実行に移って貰うことにした。

 本国にいたキャメルがこの日本は杯戸中央病院にやってきたのは、楠田陸道のドナドナ計画のためである。
 なかなか期待通りスイスイ泳いでくれたのでその身柄を抑えることになったのだが、その後に万が一ばれておケツ丸出し男の二の舞いにならぬよう、ジェイムズが本部に掛け合って人員を増やしたのである。
 本部の人間やジェイムズによる人選で十数人。一応現場の意見も取り入れたという体裁のためか俺にも誰がいいかと聞かれたが、こういうこと出来たらいいんでないというぼんやりしたスキルだけ挙げてあとは全部決めてくれとぶん投げたので知らん顔もいる。
 その増員組のうちの一人であるキャメルだが、なんとわざわざ志願してやってきたらしい。そういえば日本のファミレスの飯が美味いだとかどこそこのホテルのジュースがたまらんだとか言っていたし、何気に日本大好きマンなのかもしれない。仕事で来れば諸々経費になる上給料も出るので、自由時間が限られはするもののコスパ的にはいいだろう。なかなか抜け目ないな。

 楠田陸道は毎日定時に連絡を入れていた。
 本堂瑛祐にうっかり聞かれてしまうほどピコピコ鳴らしていただけあって、その手法は例のアドレスへ宛てたメール。携帯を壊されてからは病院の共用パソコンからせっせと串やらなんやらを駆使しながら送っていたのだ。クシだけに。ううんサムい。
 人に紛れて目につきづらいからか、その時間は昼間。おかげでこちらも監視がしやすかった。数往復分様子を見てサクッと身柄を確保、以降はジェイムズとコナン君が代わってのやり取りと相成ったのである。
 さすがというかその文面は、特に校閲コナン君の腕が素晴らしくなかなかの完成度で、エディHだかフェリックスだとか、何やら中学二年生の純な心を擽りそうな単語をモリモリ使った文体を見事に再現し、問題なく応答があった。
 ゴーストライターの素養もあるとはつくづくハイスペックな小学生である。将来設計選り取り見取り、だが意外とそういう人間に限ってライフステージを登る階段で妙なコケ方をしたりするからくれぐれも気をつけてほしいものである。


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