relief

 画面越しに響いていたあの耳障りな音はぱたりと止み、初めから存在しなかったかのように消えていた。いや、そうだったのだ。男には分かった。解っていた。

「しねえのか」
「下手な猿芝居は好かないんだろう」
「ようやく一つ、覚えの悪い頭だな」

 “そいつ”は、車のドアを開けたまま、運転席に横向きに座り、悠長にも煙草を吸っていた。己の吸う銘柄と同じ匂いに、思わず男は眉を顰めた。車も男からしてみれば趣味に合わず不快だった。
 その男の様子に同じものを返すわけでもなく、男が現れたこと自体にも慌てる素振りは見せず、“そいつ”は、むしろ喜ばしいもののように男を迎えた。

「――終わらせてくれるのか」

 まるで、眩しいものを見るかのように目を細め、男を見上げる。
 向けられた銃口が、救いの手であるとでも言うように。
 待ち望んでいたものをようやく与えられる幼子のように。

「お前が俺の、かみさまだったかな」

 乞われるがままくれてやるのは癪だったが、たった一発、惜しむほどでもない。

「そんなものは、この世のどこにもいねえよ」
「……そうか」

 “そいつ”は、最後とばかりに深く吸った煙草を摘み、細く煙を吐き出して、それを己の掌に擦り付けて消した。
 それから、ゆっくりと目を閉じる。


 銃声は殊の外重く響いて感じられた。

 反して、その体がシートに倒れ込む音は、命の幕引きにしてはあまりにも軽く、男の鼓膜を叩いた。

 きっとこいつの顔も名前も、すぐに忘れる。この先己の人生に一切関係ない、無意味で無価値な情報だからだ。そんなものに脳の一部を割いてやるだけの必要がなければ、かけてやる情もない。
 ――そう思っていたのに。
 無造作に掴み放り捨てた帽子の下からは、今しがた空いた穴から血を流す額が出てきた。紛れもなくその頭蓋の内は破壊され、本来の機能を失っているのが見て取れる。
 視線を少しおろせば、額の飾りに不似合いなほどの形で動きを止めたそれが映る。
 午睡にも似た、ひどく安らかなそれが。
 網膜に焼き付きそうな、脳裏に染み付きそうな、胸糞の悪い顔だった。

 男は、ただ転がるのみとなった“そいつ”の懐から探り当てた、やや潰れたソフトケースから紙筒を一本取り出し、咥えて火をつけた。
 鼻と舌を刺激するのは、男にとって慣れた匂いと味わい。
 “そいつ”にとってもそうだったのか――などと、仮に答えを得たところで何にもならない、全くもって愚かな考えも、ほんの僅か、男の脳の、隅の隅に湧いた。

「……馬鹿が」

 爪を鈍らせ、牙を折り、狩りも出来ず飢えるくらいならば、行き先を失い惑うくらいならば、首輪を求めて彷徨うくらいならば――繋がれたままでいればよかったものを。


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