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ココアを飲んでホッと一息、バーボンさんはまたステイを言い渡すとちょっとの間別室へ消え、Tシャツとジャージ姿で戻ってきた。 「あなたも着替えましょう」 よしきたほいきたどれどれどっこいしょと腹あたりのやや脇にあるヒモをシュッと引っ張る。あんまり見下さないのでしばしば忘れそうになるが、このアバター、開始時からずっと甚平風味の入院着モドキ姿なのである。 ズボンを脱ぐのもお手の物だ。下手くそな操作でも必要最低限のことは出来るようにしておいてやろうという優しさを感じる。そのわりにはファーストアクションパートがなかなかになかなかだったけども。 すとん、と落ちた服を目で追って、バーボンさんはなんとも言えない表情をした。 「着替え=Aわかったんですね?」 「ばーぼん」 「えらいです」 でも、と続ける。 「……この家の中で、僕にならいいですけどね。そういうこと、あんまり簡単にしちゃダメですからね」 笑みはどちらかと言えば苦笑のたぐいだ。うーんたしかに、これが現実ならば公然なんとかの犯罪者かその周辺の条文の被害者まっしぐらである。NPCに常識を説かれてしまった。ちょっと恥ずかしい。 「ばーぼん」 こんなことするのはあなたの前だけですよとどこぞの攻略キャラみたいなセリフを言ってお茶を濁したかったが、もちろんそんな知性ありそうな長文喋れるわけもなく、口から出たのは相変わらずの四文字だった。 バーボンさんは、「はいはい」と言って、恐らく彼のものであろう、彼の来ているものと似たTシャツとジャージを持ってきてくれた。むしろこれこそが万能語説。 Tシャツの袖に逆から手を入れ、掌をこちらに差し出してくる。あれだ、おててをつなげは着れますよってやつだ。ちゃんと察しましたとその手を握る。 握り返して袖を通しかけ、バーボンさんは不意に固まった。 というよりも、何かに意識を取られた、といった風。伏し目がちなその視線の先には、アバターの腕がある。 「……ゼロか、皮肉な揃いだ」 ぼそりと、独り言のように漏らす。 同時に視界の端がチカチカと光った。 「ぜろ」 私の声に、バーボンさんは弾かれたように顔をあげた。 バーボンさんがガン見していた二の腕にあるのは、やや緑っぽく見える黒の、斜線が斜めに入った縦長の丸、その下にラインの柄だ。 このゲームはアバターを自由に作成できるタイプではなく、どころか未だに自分の見た目がどんなものか知らないので、外見に特に意味はないのか、はたまたあとから情報が開示されるのかと若干不思議には思っていたのだが、この丸はゼロの意味でのものだったらしい。なんか家畜の焼印みたいだね。 「忘れてください。今のは覚えなくていい」 「ぜろ」 「何の意味もない、いらない言葉ですよ。ほら、僕のことは?」 「ぜろ」 「……どうしてこんな時ばかり……」 何やらさっきのは聞かせるつもりがなかったセリフらしい。思わせぶりなおおセンチ芸が恥ずかしくなっちゃったんだろうか。とかってNPCにそういうメタな羞恥心があるわけもないので、そういうストーリーなんだろうけども。 呆れたような顔をして、バーボンさんはさっと袖を通し、自分を指さした。 「バーボンです。僕はバーボン。知ってるでしょう?」 「ばーぼん」 「そう、えらい。もう一回」 「ばーぼん」 「よく出来ました」 ふわりと頭を撫でて、バーボンさんはジャージを手に取った。 「さあ、下も着ましょう」 「した」 「これはパンツ。これだけじゃダメですからね。いつでも、お風呂とトイレ以外では、絶対に二枚穿くこと」 「ぱんつ」 スルッと覚えられて思わず笑ってしまった。声まで出たらしい、リアルの私の声がイヤホン越しに微かに聞こえた。ゲームにまで反映はされなかったけれども、いつもの機械音に、ほんのりと愉快な感じが混じっていた気がする。 「ぱんつ、ぱんつ」 「こら、ちょっと……あんまり連呼したらはしたないですよ」 「ぱんつ」 「それも忘れて」 「ぱんつー」 ちょっと面白くなってきてしまって小学生男子のようにパンツギグをかまそうとしたら、また僕は誰だクイズで封じられてしまった。僕はだーれ、はいバーボン。 「ばーぼん」 ついでにふかーいため息をつかれてしまった。いやはや苦労をかけますがNPCの宿命として諦めて欲しい。 示されたジャージの穴に足を通したら、腹部のゴムをすこし広げた状態からぱちんとやられた。バーボンさんにしては荒っぽい。痛くも痒くもないけれど、それが良識あるNPCなりのささやかな仕返しだったのかもしれない。 |