04

「今後あなたには、私の護衛と同僚をやってもらおうと思っています」
「“同僚”ですか」
「“L”は複数人で構成される存在である、ということにします」
「その内に私も含めると?」

 はい、と肯定が返ってくる。

「あなたのこれまでの活動は把握しています。それについてはもちろん文字や口頭によるものだけでなく、視覚情報としても報告を受けています」
「つまり画像や映像でも?」
「ええ、媒体問わず。――あなたはましな格好をすれば立派な人間に見えます」

 これは褒められているんだろうか貶されているんだろうか。普段は人間以下という意味か? 否定はできないな。
 更にワタリ氏から渡されてLが机にパラパラと広げたのは、以前ジェイムズと一緒に長官へ会いに行ったときの写真だった。角度からして明らかに隠し撮りであるのに、なかなか鮮明に写っている。
 その中での俺はなけなしの礼節弁えてる感を捻り出そうとちょっぴり良いスーツを身に着けあれっきり滅多に使っていない整髪剤を使い最後の足掻きとばかりに背筋を伸ばして真面目な顔つきをしているのだ。Lの目からしてもここまでやればそこそこ見栄えがするように映るらしい。

「キラが日本にいる以上、捜査には日本警察の力を借りなければなりません。協力を得るには、彼らと意思疎通を図る必要がある。そして、状況によっては、というよりもそれなりに高い確率で、いずれ生身で彼らと相対さなければならなくなると思います。そのとき同じ言葉でも、まともそうに見えるあなたの口から発せられたもののほうが信憑性を持って彼らの耳に響き、その信用を得やすいでしょう。――脳というのは、世間で言われるよりもずっと偏見に縛られているものです。人間は見た目の印象に左右されやすい。伝達を円滑にし導く場面ではあなたのほうが、逆に疑心を煽り惑わせる場合には私の方が有効です」

 なかなかずいぶんストレートに言う。一応自分が職質フィッシング向きの格好をしている自覚はあったようである。
 しかしそれを言うならば別にLがまともぶる方でも構わないと思うんだが、そう訊けば、Lは靴下を履きたくないと言った。それで外でも素足にスニーカーを履いていたらしい。靴下に親でも殺されたのか。

「思想を植え付けるのがあなた、引きずり出すのが私」

 どちらにせよ俺の行動まで全て方針と詳細を決め指示を出すのはLのファッション分業制だ。多少のツッコミはすれど異論などあろうはずもない。
 いいですか、と意思を尋ねるというよりも伝達不備の有無の確認といった問いには素直に頷いておく。
 その反応で特に問題なかったようで、Lはつまみ上げるようにしてカップを持ち上げ、まるで蛇口から水を飲むように首を曲げて舌を出し、沈殿していたらしい融和し切らなかった砂糖がでろでろと垂れるのを飲む、というより舐め取った。

「ああそれと」

 カップを置いたLが出したそれは、言葉面は不意に思い出したようなものだが、声色としては全くそんな風ではなく予定調和然淡々としている。

「人にはそれぞれ集中を高めるに適した環境や行動といったものがあります。あなたを同僚と称し、実際手を借りるからには、私もそういう点への配慮をなそうという意思は持ち合わせていますし、あなたの出す成果は私の仕事にも影響しますから、出来得る限り最良のコンディションで最大限の働きをして欲しいと思っています。そして、配慮とは互いにし合うものです」

 急にどうした何の話だと思ったら、Lは「なので、煙草を吸うときはベランダかあちらでお願いします」と言ってキッチンの換気扇あたりを指さした。

「私の半径三メートル以内ではこれにして下さい」

 そう付け加えてポケットから出した棒付き飴を差し出してくる。
 どうやら煙草がさほどお好きではないらしい。吸うなと言われれば吸わずにいてもいいのだが、吸ってもいいなら吸いたい程度には欲求があるもんで、それにも素直に頷いておいた。

「……了解」



 話は終わったとばかりにおかわりをせがんだLの分と俺の分、自分はいいとおかわりを遠慮したワタリ氏の分のカップをトレイに載せてキッチンへ向かうと、尻に根張ったようなLを差し置き、ワタリ氏がてくてくとパーティーメンバーよろしく俺の後をついてきた。
 美味しい淹れ方を教えてくれるのだという。にこにこと柔らかな笑みでの提案ではあったが、そこまで言わせてしまうとは我慢ならないレベルの味だったのか。
 ワタリ氏は茶葉の違いといった基礎の基礎から、茶葉や湯の量の目安、湯の温度や蒸らし時間や注ぎ方、ポットを温めるとよいなんてことからゴールデンドロップ云々まで丁寧に教えてくれた。なんだかどこぞの金髪アラサーおまわりさんからもそんなことを聞いたことがあったような気がするようなしないような。
 蒸らしに入り、ポケットから取り出した懐中時計に視線を落としながら、ワタリ氏は、赤井さん、とどことなく硬い声を出した。

「もう一方の役割についてですが……基本的には、私のことはその範疇から外してくださって構いません。あなたは自身とLとのことのみを考慮に入れていて下さい。あなたもFBIにとっては重要な人材です。あるいは米国にとって」

 軽く息を吸い、リビングに座するLに聞こえないように潜めながらも、はっきりした口調でもって、ワタリ氏は、しかし、と言う。

「彼を喪うのは、世界の損失です。――万が一の際には“賢明な判断”をして頂きたい」

 さすがに世辞でも言いすぎなんじゃないかと思ってツッコミかけたが、なるほど全てLに帰結する強調と修飾であったらしい。
 ともあれこの身に使い道が出来るというのであれば良い事だ。どうせ元々惜しいものでもなし、あってないようなものだというのに、そんな大層な役回りはもったいないほどだろう。

「承知しました」

 ワタリ氏が顔を上げ、わずかに眉を下げて俺を見る。

「あなたは……」
「……何か?」
「いいえ、――そろそろです」

 言いかけた何かを飲み込むようにして、ワタリ氏は小さく首を振った後、パチリと懐中時計を閉じて仕舞うとティーポットを持ち、こういう風にやるのだと注ぎ方の手本を見せてくれた。その笑みにはやや苦味が混じっていた気がする。俺としては至極真面目に答えたつもりだが、さっきから頷いてばかりいるし、オッケー任せてウフフみたいな軽い返事にでも聞こえてしまったのかもしれない。

「どうです? 先ほどとは香りから違うでしょう」

 俺としては声量を戻しやや上機嫌気味に問われたそれの方が回答に困った。
 匂いも、こんなに分からないものだっただろうか。


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