Waddle-waddle

 初めはゴミか何かかと思った。
 ついに俺にもご近所トラブルの時代がやってきたのかと。そういうのはFCAだかPENだかで迷惑行為やら罰則対象やらに規定されていなかったかとも考えて、ひとまず写真でも撮って部屋に入ったらググってみようなんて。
 しかし、家のドアの前に鎮座していたそれは、俺が鳴らした足音に反応してかもぞりと動いた。
 近寄って見ればはっきりとわかった。
 ――こども。
 床に座り込んで膝を抱え、組んだ腕に頭部を埋めさせていたから丸いシルエットになっていたのだ。
 近隣にこれほど幼い子供は住んでいなかったはずだ。迷子か被虐待児か、なんにしろ下手にゴミよりも面倒な話になりそうである。
 とりあえず話を聞くべきか、と向かいに立って見下ろした瞬間。

「しゅーたん」

 そう言って、子どもが足に飛びつこうとしてきて、思わず後ずさって避けてしまった。

「……!」

 子どもは、行き場をなくした腕をそのまま固まらせて、呆然とした顔つきで俺を見上げた。その目は真っ赤で、頬はびちゃびちゃに濡れている。
 ――その顔を見て、ぐらりと頭が、視界が揺れる感覚がした。
 子どもがはらはらと新たな涙を流していくのに、ぐっと肺を潰されるような、気管を握りしめられるような心地がして、息が詰まり、呼吸がうまく出来なくなる。そのやり方がわからなくなる。代わりに湧き上がるのは嘔気。体まで傾いた。

「――、」

 よろけついでに膝を折ってしゃがみ込み、子どもの目を捉える。
 不思議なことに、それでその目眩じみたものと息苦しさは和らいだ。一体何だったのか。原因も不明ならなぜ治まったのかも見当がつかない。
 そんな俺をじっと見つめてくるのは、緑の瞳。全体として日本人らしい顔つきであるのに、他所の血も混じっているらしい。やはりこちらに住んでいるからか。

「……どこの子だ? 親は?」

 尋ねれば、子どもは更に涙を溢れさせた。これ傍から見たら俺がいじめて泣かしてるみたいではなかろうか。誤解だ美華さん。
 子どもはうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてただただ泣きながらしゃくりあげ、何かを言おうとも、その場を動こうともしない。ずっとこうしていて誰かに見られて通報でもされたら非常に困る。ドアの前で座り込まれたままでいられると中に入れない、だからといってどけて外にほっぽっておくわけにもいかないだろう。
 参った。どうしたらいいのかさっぱりわからん。
 元々子どもの扱いが不得手なのもあるし、これほど小さな子は周囲にいなかったもので、参考にできるような例にも思い至らないのだ。
 俺一人で頭を捻ってどうにも出来ないなら誰かしらに頼るしかあるまい。
 ええとコナン君……は日本、聖トモアキ……も日本、ジェイムズは確か今何かの用事でカリフォルニアにいるとかいう話だったはずだ。ウソッ、俺の頼れる人、少なすぎ……?
 分かってはいたけれどもちょっぴり切ない現実を実感しつつ、最後の頼みの綱を画面に表示させ、発信をタップする。

『どうしたの?』
「ああ、ええと、今暇か」
『……行くわ』

 さすがというか。二コールとたったの一言で通話は終わり、居場所を尋ね答える一往復でメッセージも済んでしまった。二十分ほどで着くから待っててとのこと。
 ここのところ立て込んでいて明日は久々の休みだっていうのに申し訳ない。すぐ解決する話であればいいが。

「……外は冷える。とりあえず、中に入るといい」

 子どもは半袖のシャツに膝丈ほどのスカート姿だ。季節は冬とはいかないまでも、同僚たちはそれなりに上着を増やしていたし、朝夕は冷えるなんて世間話もやっていた。その中にこの初夏じみた格好はおそらく厳しいものがあるだろう。

「……」

 出来るだけ優しい声色になるように意識したおかげか、ギャン泣き職質必至の実績ある顔でもどうにかこうにか頷いてもらえた。
 泣き顔の子どもの手を引いて立ち上がらせ、ドアを開けて中に導く光景はまさしく犯行現場といった体であっただろう。目撃者がいれば一発通報待ったなし。正直家に入れるのもそこで咎められたら危ういので気が乗らないが、ジョディがやってくるまでの辛抱だ。
 子どもは、ぬいぐるみを抱きしめ、そわそわちらちらと俺の様子を伺いながら、部屋の中へと足を踏み入れた。


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