F&L

『お久しぶりです』
「……快斗くん?」

 朝一番にかかってきた見覚えのない番号からの電話越し、シンプルな言葉を紡いだ声は、声変わりこそ終えていそうなものの、やや高めで癖のある、そして耳に馴染みのある男のものだった。

『残念ながら、黒羽快斗ではありません』

 今度はどんな設定の悪戯なんだと思いかけたが、あの子にしてはあまりにも抑揚の少ない声を脳内で反芻して気づく。
 そういえば、似た声の男がいた。
 数年前、潜入捜査明けから再び日本に飛ぶまでの間、しばしば謎の依頼を持ちかけては謝礼にと給料を増やし甘すぎて死ぬと職場で絶賛される甘味を送りつけて来た、世界的名探偵である。

「L?」
『はい。覚えていただけていたようでなによりです』
「……ちなみに彼の名は?」
『あなたが日本で関わっていた人間は一通り調べさせて頂きました。――ここ数年、あなたは“そこそこ”大きな事件に関わっていたと聞いています。そして無事収束したと。お疲れ様です。日本では八面六臂の活躍だったそうですね』
「いえ、それほどでも。大したことは出来ていません」

 他機関とおてて組んで例の組織の頭と主だった幹部らを捕らえ、組織が瓦解したのがつい二週間前。
 主に活躍貢献したのはえらく有能な小学一年生と日本の公安警察だ。もちろんFBI上部の人間も指揮に与していたとはいえ、俺はといえば彼らから下される指示や命令をこなしていたに過ぎない。出来てせいぜい一面二臂のギリギリ一人分の働きというところである。

『ではジェイムズ・ブラック捜査官の報告に虚偽があったということでしょうか』
「……単なる言語や事実に対する認識の程度の違い、主観の話です」
『そうですね。難しいところです』

 俺はともかくジェイムズについて不当な評価を下されてはたまらないと弁明したが、Lはさして感慨もない調子の、適当とも言える声色で曖昧に相槌を打った。

『それはさておき、赤井捜査官、現在休暇明けで手持ちの案件がないとも聞きまして』
「ええ。次の出勤の際に決まるかと」
『出勤してからでは間に合わないので、少し早めに通達するために電話をしました』

 さも当たり前のように言うので一瞬納得してしまったが、名探偵がFBI捜査官である俺に通達という構図からして既におかしい。

「“間に合わない”?」
『私の立てた予定に』
「……」

 なにやらもう話が見えてきた。
 毎度のことだ、また上司には話を通しているなどと言うんだろう。組織の事件で日本行きになって以降、俺の直属の上司は例のNYの人間から変更になってはいるものの、Lからしてみれば些細な差に違いない。

「ジェイムズは」
『勿論承知のことです』
「今度は何をすれば?」
『私と一緒に日本へ行っていただきたい』

 ははあこりゃまた。

『日本語は?』
「それは勿論」
『向こうの慣習について理解がある』
「一般的なものは恐らく」
『国際免許証もありますね』
「ええ」
『なんでもカーチェイスを繰り広げたとか』
「いえそれは」

 傍からであればそう見えた可能性も無きにしもあらずだが、こちらとしてはただただ車で追いかけっこをしただけなので、走り屋みたいな印象を持たれては困る。

『関東周辺の地理もある程度頭に入っていると思います。つい先日までいたのですから、それらの能力や記憶はまだ風化の兆しすら無いでしょう』
「ええ、一応は」
『まあ、念の為確認はさせて頂きましたが、それらは些細な付加価値に過ぎません。あれば便利にしろ、なくても特に問題はありません。そもそも常識の範囲内ですしね。単純に人手が欲しいんです。そのあたりで見繕って来ることも可能ではありますが、出来れば私に対して多少の理解と扱いやすさとそれなりの能力が備わっているのが望ましいという話です』

 淡々として、いっそ見事なほど乱れなく、保険としての意味もありますけどね、とも言う。

『“彼女”は祝福されての退職ですし、性格的にあなたのほうが都合がいい』

 褒められているのかどうなのかいまいちわからんが、ありがとうとでも言っておくべきだろうか。しかしLは俺の返答を待つつもりはなかったようで、さらりと続けた。

『赤井捜査官、キラ事件についてはご存知ですか?』
「……多数の指名手配犯が謎の死を遂げているという?」

 原因不明の心臓麻痺ということで、例の組織の薬によるものではないかとの疑いも湧いたが、それは調査と少女の証言によって否定され、別のチームに回されたはずだ。
 その死は特定の国に留まらず全世界で観測されているという。お偉いさん同士の話し合いがあっただとかなんとかで、それに参加していたジェイムズによれば、死者の数は百人にものぼるらしい。しかも、別件で病として麻痺を起こした疑いが濃厚な人間を除けば、そのほとんど全てが指名手配されて警察に追われ、あるいは刑務所に拘置されていた者であると。軽く看過するには明確すぎる共通項のある現象に、各国の警察機関が問題視しているとかなんとか。

『そうです、それです。キラは日本にいます』

 同僚たちもそもそも怪奇現象なんだかどうなんだかという段階で盛り上がっている話であるというのに、それは人間による仕業であると見抜き、しかも居場所まで突き止めてしまったとな。

『つい先程、検証の結果間違いないとの確信を得ました』

 Lによれば、死刑囚を使ってキラを煽る台本をテレビの生放送で読ませたところ、そいつが見事に放送中心臓麻痺で死んだらしい。しかも国と地区ごとに分けて放送時間をずらしていたので、その放送があっていた日本の関東に“他者の心臓麻痺を人為的に起こせる人間”がいるのは間違いないとな。
 ついでに直後に例のクロイスターブラック風フォントによる“L”の画像を表示させて、更なる煽りを行ったところ、このLは死ななかった。つまりキラが心臓麻痺によって他者を殺すのには何らかの条件が必要でもあるようだと。

「なるほど」
『私はあなたの少しの肩書きと、能力と、特に“そういうところ”を買いたいと思っています』
「はあ」
『勿論報酬は充分お支払いさせて頂きます。任務の通達と別に契約書面が必要であればすぐさま作成を。査定にも良い記述を増やせるかと思います。欲しい装備等がある場合リストアップして頂ければ数時間から数日中に。その他希望は概ね叶える事が出来ます。いかがでしょう?』
「……分かりました」

 そもそもジェイムズが良いと言ってるんだったら別にそういう取引じみたもんは要らないんだが、せっかくだし“希望”についてはありがたく叶えてもらうことにしよう。
 Lは俺の告げたそれに言葉通り快諾し、むしろそれだけでいいんですかなどとのたまった。


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