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接見に向かうと既に先客がいるということで、それなりの時間待たされてしまった。 ようやくぼくの番、というところで、恐らくその先客だろうと思われる、眼鏡を掛けたスーツ姿の男性とすれ違った。 「何のヒトだったんだろ」 「さあ……」 家族や友達という風には見えなかったし、それにしては長かった。普通であれば一般の面会時間は限られているのでそう長くはならないはずなんだけどな。 ガラスの向こうの諸星さんは、相変わらず腕組みをして背もたれに寄りかかり、バルコニーで日向ぼっこでもしているかのような緊張感のなさだ。 気になって仕方なかったのか、真宵ちゃんが前の面会者について聞いてみたものの、これまた変わらずご存知ないスタイルだった。そうだろうとは思ったよ。 「こんにちは、調子はどうですか」 「どうということもない」 うん、そうだろうとは思ったよ。 「今日は諸星さんのアパートまで行って来たんですが……」 「諸星さん、カノジョいるんだね!」 「――会ったのか?」 嬉々とした様子の真宵ちゃんに、珍しく少し動揺したようにも見える間で、諸星さんが聞き返す。 「ううん、大家さんから聞いたんだよ。お菓子くれたって」 そこにスポットを当てるんだ。 それから真宵ちゃんは、カノジョさんのこと好き? なんてからかうように聞いた。この子も結構キモが据わってるよなあ。 また覚えてないんだか眉間にシワ寄せてひと睨みなんだかするんじゃないかと思ったけれど、諸星さんは予想に反して表情をわずかに緩め、穏やかに言った。 「可愛い人だ。俺にはもったいない」 真宵ちゃんがぱちくりと目を瞬かせる。 ぼくも驚いた。そんな顔してそんなコトを言えるんだ。 もったいない、とは真宵ちゃんもぼやいていたし、ぼくもちょっと同意してしまったコトだけど。 「お、おシアワセに……」 尻すぼみに言う真宵ちゃんに、諸星さんはどうも、と軽く返した。 そういえばぼくも、色々と問題があるものだったにしろ、ちいちゃんに対してはわりと……その、熱心だった。男ってみんな、好きな人相手にはガラリと変わるものなのかも。 ともかくここに来たのは恋バナのためじゃない。 諸星さんがムジツだというなら、それを証明しなくては、“おシアワセ”にはなれないのだ。 「何か思い出したことはありませんか? あの女性のこととか……やっぱり、」 「彼女はキャンティという」 「え」 「ええっ」 「バンドのボーカルだ。俺はあの日の二日前からチェックインしていた彼女の部屋にいた。バンドを抜けるというから引き止めに、話を聞きに行っていたんだ」 「えっ? あ、あの」 「カノジョがいるのに?!」 「その心配は無用だ。俺は彼女のタイプじゃない」 「じ、じゃあ、そのキャンティさんは今どちらに?」 「ニューヨークだ。音楽留学らしい。俺達のレベルの低さに嫌気が差したとフラれてしまった。時間的にもそうだが、新しい連絡先ももらえなかったから呼び出すのは難しいだろうな」 「他にそれを知る人は?」 「いない。他のメンバーはまだその事実も知らない。俺が知ったのもたまたまだから」 「え、ええと、じゃあともかく、諸星さんはその人と一緒にいたんですね?」 「ずっと? ロビーにも?」 「ああ」 「タバコは……」 「ホテルで吸ったのは三箱と六本、それから八本。灰皿にあったというあれは確かに俺のものだが、あの部屋へは行っていない。おそらく……キャンティの部屋か、ロビーで吸った分だ」 昨日までのアレは一体何だったんだというほど、諸星さんは淀みなくさらさらと述べる。 あまりにも違うものだから、聞き取れたコトバを理解できなくて何度か聞き返してしまった。それでも諸星さんはさして気にした様子もなく繰り返し、ムジュンなく語ってくれた。 淡々とした語り口はあの、凶器の拳銃についてのときと同じで、飾り気がない分真実のようにも聞こえる。 「……信じていいんですよね?」 「少なくとも俺や君の不利になりはしない事だ」 「どうして急に」 「思い出したんだ」 「ホントに忘れてたんですか」 「ホントに忘れてたんだ」 ……ううん。それはちょっとうさんくさい。しれっとしたその表情が本当かどうかはさておいて、とりあえず新しい情報を得たわけだ。何もないより遥かにマシだ。あとはこれをどう使うか――。 「……ああ、それと。もう分かっているかもしれないが……彼女は俺を見てはいない」 やっぱり。そうだよなあ。なんとなく気が重くなる。 そんなぼくの様子などどこ吹く風で、いい加減タバコが吸いたい、と息をつく諸星さんに、真宵ちゃんが禁煙しなよと言う。 「タバコは副流煙のほうがカラダに悪いんだよ!」 「知っている」 「カノジョさんのためにもなるよ」 諸星さんは微かにぶすくれたようにした。 「……いいと言われているんだ」 なんだか甘やかされた子供みたいなコトバだ。それスポイルって言うんじゃないかなあ。 “アケミさん”がだめんずうぉーかーというのも、あながち間違いではないかもしれない。 |