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まあ悪い人たちではないので、時折聞こえないのは喧騒のせいということで勘弁してもらいつつ、適当に話を合わせたり奢り返したりしていたら、ぶるりとポケットが震える。 ここのところ気を使ってかメールが多かったジョディが電話をかけてきていた。 下手にコソコソして怪しまれまた身分証確認大会になっても嫌なので、赤ら顔の刑事たちに一言断ってその場で出る。 「……どうした?」 『シュウ、いま何してる?』 「米花駅付近のバーで飲んでいる」 『いつから?』 「もう二時間ほど」 『そろそろ迎えに行ってもいいかしら』 「いや、それなら自分で帰る」 『行くわ』 ぶつりと切れた。質問でも確認でもなく宣言だったらしい。 メールで大体の住所を送ってから、もともとさほどなかった飲みかけ食べかけのものを胃に詰めてしまう。 男たちに礼と別れを告げ、すわ復縁か、とやんややんや騒がれながらも店外へと出れば、少しくらりとした。随分夜も更けている。 しばらくの間自分の頭と戦っていたら、なめらかな動きで目の前にやってくる、右ハンドルに慣れないという捜査官の誰かが借りてきたパサート。運転席にジョディの姿を確認して助手席に乗り込む。シートを少し倒してもたれかかると、沈むような感じがしてなんとなく目を閉じた。 ごめんなさい、とジョディが言う。聞き心地のいいきれいな声だ。 「トーヤ、誰かと飲んでたのね」 「……ん、酒とツマミを奢ってもらった」 「知り合い?」 「いや……」 「あなたにしては不用心だわ」 「そうかもしれない――」 ただの善良な酔っ払いたちだった。愚痴を交えながらも、仕事も恋も普通にこなして、なんだかんだと楽しそうだった。 飲み屋を渡り歩いてると、そういう人達がそこかしこにいて、波の間を縫って耳にたどり着くそれらに、ちょっと癒やされたりするのだ。あんまり充実してる風だと爆発しろとも思わんでもないが。……ううんいかんいかん嫉妬は醜い。そもそもほとんど仕事してない飲んだくれの分際で言うもんじゃないな。 ピリピリとジョディの携帯が鳴って、彼女は俺に断って路肩に停め、それに出る。どうやら“向こう”から、クリスに関する報告らしかった。 彼女の本命はクリスだからと、ジェイムズと話をしたとき、ジョディは日本行きには入れないつもりだった。 けれど面子が不安だったのかなんなのか、名乗りを上げ遥々日本まで来て、二カ国での捜査をそれぞれ行いつつ、その上地雷男の面倒まで見てくれていて非常に申し訳ない。土下座じゃ足りない気がする、焼き土下座か土下寝でもするべきか。 わざわざ迎えに来るほどだから、どちらかの捜査に進展があったのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。 クリスは普通の女優業をこなしているのみ、周囲に怪しい繋がりも今のところみられず、研究所の方は、とある自動車会社の社長が組織の研究部門にそれなりの額出資している可能性があるということが判明したくらいで、詳細はまだこれかららしい。 「ねえ、トーヤ、今日ちょっと顔が赤いんじゃない?」 ホテルの駐車場に着き、車内灯で照らされた俺の顔を、ジョディが心配そうに覗き込む。酔っ払いにあてられたんだろうか。 |