K-2

 そうこうしてる間に、男の車とオレたちを囲むようにしてパトカーが何台も停まり、ぞろぞろと警官が降りてきて、そのうちスーツを着たおっさんが、オレの隣に立つ男に大股で近寄ってきた。中森警部だ。オレに逃げられて、ずいぶん気が立ってるようである。
 男はオレの姿を隠すよう、自然な動きでやや斜め前に歩み出た。

「キッドを見なかったか! このあたりに降りたはずなんだ!」
「……。さあ? 知りませんね」
「さてはキサマ――」

 しらと返す男の頬を、警部が無遠慮に引っ張る。
 まあそんなわけもなく、その頬はぐにりと伸びるだけで、男は見知らぬオッサンに急にやられたそれに怒りもせず、中森警部をじっと見つめ、尻ポケットから手帳のようなものを取り出して開いた。

「恐らく私は、あなた方の探している人物ではないと思いますよ」

 その中身はオレからは見えなかったが、ぱっと手を離した警部が素っ頓狂な声を上げる。

「……FBIィ!? あんた、日本人だろ!」
「人種的にはそうですが、国籍も住所もアメリカです」
「何しに来たってーんだ」
「長期休暇で、傷心旅行に。彼女にフられてしまったものでね。以前ニューヨークで出会った友人である彼を頼りこちらへ渡ってきて、今はドライブの休憩中でした」
「はあ? おい、ふざけてんじゃねーだろうな」
「疑わしいと仰るのであれば、調べて下さって構いませんが。お望みならビュロウに電話も」

 男が車のグローブボックスから取り出したパスポートや国際免許証、グリーンカードなどを隅々まで見回しながら、警部が徐々に顔を引き締めていく。
 そのさまを見守る男は、日本警察はみなこうなのか、なんて呟きを小さく零していた。
 若干青ざめた警部は、電話はいい、と見終わったそれらを男に突き返し、今度はオレを訝しげに覗きこんでくる。
 別にあの白い格好をしてるわけでもなし、知り合いの高校生であるという点においては、バレても良いといえば良いのかもしれないが、なぜこんなところにいるのか、この男とどういう関係なのかと聞かれると困る。

「彼の身元も、私が保証しますよ」
「お前、どっかで見た顔のような……」
「ああ、よしてやってください。彼、シャイなんですよ。それにニューヨークでもそうして誤認逮捕されかけてるんです」
「あん?」
「所属は違えど警察権を持つ者として、まったくもって恥ずかしい話ではありますけど、背格好が違うのに、ただただ彼がたまたま指名手配犯と同じ日本人で、犯行現場付近であるヘルズ・キッチンの9番街を歩いていていて、声をかけた警察官に過剰に反応したからと言ってね。向こうの人間からしてみれば日本人の顔の細かな造形の差なんて分かりません。そして強面の男に日本で馴染みのない銃を取り出されれば、誰だって怯えるものでしょう。旅行に来ただけだというのにあんまりだ――優秀な日本警察ならば、NYPDと違ってそんな軽率な真似なさらないでしょうが」

 つらつらと流れるように喋るその様は、ついさっきまで銅像よろしくボラードと一体化していた男とは思えない。
 それにやや気圧され口を半開きにしていた中森警部が、男の言葉を受けて、気を取り直すようにゴホリと咳をする。取り繕うにはもう遅いんじゃねーのか。

「……失礼しました」
「なんなら捜査に協力しましょうか」
「いえ、結構。もし真っ白でキザなヤローがいれば通報をお願いします。ではよい休暇を」

 キリッとした顔でそう言い、中森警部は周囲の警官に檄を飛ばしながらパトカーへと掛け戻る。
 警部の一連の表情とあっけない去り方が愉快で、ごくろーさん、と男の影から覗き見ながらこっそり舌を出せば、軽く頭をはたかれた。


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