03

 夢の中では、感覚のいずれかがないなんてのも、よくあることである。

「痛みますか」
「いや」
「別に気を使わなくていいんですよ。掌と太腿の貫通銃創が痛くないわけがない」
「……普通は痛いんだろうが……」
「――」

 左隣でハンドルを握る青年――バーボンはこちらをちらりと見ると、顔を顰めてみせた。
 窓の外は暗く、それなりに強い雨がフロントドアガラスを叩きつけている。


 最初の発砲時、銃弾はスコッチの耳に当たる前、銃を掴もうとしていた俺の右手も貫通していた。
 今の俺には痛覚がないようで、掌も太腿も出血はあるもののさほどひどい傷だという感覚がなかったのだが、いざ体を動かしてみると思ったようにいかず不便でしかたない。
 唯一、利き手でないことが不幸中の幸いといったところだ。

 あれから一週間、結局スコッチについては、制裁の際突然やってきたバーボンに驚いた隙をついて反撃され、そのせいで思いの外手こずり、殺害自体は成功したものの死体の回収をする暇がなく、携帯もデータが破損してしまった――という事にできてしまった。
 血まみれで銃創を拵えてきた姿と、FBIと公安の協力のもとテレビや新聞で報道された”犯人不明の殺人事件”によって信憑性が増したのか、経緯を説明しろといった銀髪の幹部もはじめは疑い渋っていたものの最終的には納得している。
 ガバガバである。そんなだからスパイ天国になるんだ。
 それから、スコッチの一件でライが負傷したことにより出来なくなった、狙撃や動きまわる必要のある任務を他の幹部が補完し、その分の抜けやそれに伴って発生する補助的作業、情報収集、雑用等をバーボンが行うことになったらしい。
 尻拭いはさせたいが探り屋であるバーボンに専門外のスナイプや暗殺をやらせ失敗されても困るということだろう。
 その一環で命令されたのか、俺の身の回りの世話もするようになり、今もこうして彼は俺の足まがいのことをしていた。

 バーボンは俺の顔を見る度苦々しい顔をしている。
 やはりスコッチに怪我を負わせたのが気に喰わないのか、はたまたその怪我に追撃するような真似をしたのが腹立たしかったのか、もしくは携帯を破壊したのが許せないのか、雑用ばかり回され使用人まがいのことをやらされるのが嫌なのか、それともただ単に容姿が生理的に受け付けない、性格的に合わないといった理由なのか。
 思い当たるフシが多すぎてどうにもならない。
 別に手を出されたり罵倒されたり、嫌悪をむき出しにされたりするわけではないのだが、なんとも居心地が悪い。

「……早く、良くなるといいですね」
「…………ああ」

 眉根を寄せたままのバーボンがハンドルを切り、ようやく俺の住むアパートが遠目に見えた。
 ぼんやりと包帯の巻かれた掌を眺める。
 痛みを感じないわりに、こういった空気は嫌というほど伝わるのだから、本当に夢というものはままならないものだ。


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