02

 買い物が落ち着くと、今度はニューヨークの名所を見て回った。
 夢の中で観光なんてしたって何の意味もないだろうが、どうせ他にすることもないのだから、地理を把握するついでだ。

 観光は、つまらなくはなかったが、楽しいわけでもなかった。
 何にしても人が多い。かつ人種国籍多種多様で、少し歩けばすぐにガラリと街も人間も景色を変える。そういうのが好きなヤツなら良いんだろうが、あいにく俺は気持ちが疲れてしまった。
 しかも、せっかく車を買ったはいいものの、ニューヨークは基本的に路上駐車でそのルールも道によって様々、そもそも空きがなかなか無く見つけるのが大変だ。
 加えて、こちらの人皆なのか俺が当たった人間がたまたまそうなのかは知らないが、縦列駐車で隙間が狭いと、車で車をぐいと押して強引に出し入れしたりもするのだ。おかげで買ったばかりのシボレーの頭と尻は既に薄っすら擦れていた。
 更には歩行者が信号を守らないので轢かないように運転するのに神経を削る。
 車でマンハッタン内を移動するのは二日で諦めた。
 それからはタクシーと地下鉄のお世話になっている。

 観光していた一週間、スリに財布を盗られ死ぬ気で追いかけて捕まえたり、悪質なタクシーに詐欺られそうになってFBIのIDカードで脅したり、深夜の地下鉄で女と間違えて襲いかかってきた恐らくレイプ狙いだろう男の金的に蹴りを食らわせたり、色々とイベントが多発した。もうお腹いっぱいだ。
 ちなみに身体が細かったのが一因だろうとあれから暇な時には筋トレをしている。髪も切るべきか検討中だ。

 一通り外は見て回って、ついでにうんざりしたので、観光が終わってからは殆どスーパーかカフェくらいにしか出かけていない。
 そんな状態だったのも、彼女の来訪を承諾した理由でもある。


「Hi, Syu. How’s it going?」
「……Same as usual.」
「うーん、まあ、中は悪くはないわね」

 夕方より少し前、スーパーの袋を持ってやってきた彼女は、玄関口で片手を顎に当て、部屋を見回したのちそう言った。

 ――なにより困ったのが言葉だった。
 英語がわからないわけじゃない。達者でもないが、見聞きする器官が問題だ。
 気づいたのはニューヨーク支部のデスクで同僚に囲まれた時である。ここはアメリカで、話しかけてくる人間も人種の違いはあれどFBI捜査官ならみなアメリカ人だ。もちろん英語で喋っている――はずだったのだが。
 英語にも聞こえる、日本語にも聞こえる。
 よくよく耳をすませてみれば、町中で話す明らかに英語圏でない人間の言葉も、英語にも日本語にも、そのどちらでもない言語にも聞こえる。
 挙句、自分の口から発する言葉も。

 話しかけられている言葉の意味はするりと入ってくるし、自分の発した言葉は確実に相手に届いているようなのに、相手も自分も何語を喋っているのかわからない。
 都合のいいように出来た夢ならではかもしれないが、ひどく気持ちの悪い感覚だった。
 あの時は心底困惑していて、同僚たちとの話の内容は全然覚えていない。今だって慣れもせず気持ち悪さも全くなくなっていなかった。


 僅かに苦い顔をして招き入れた俺に首を傾げながら、彼女――ジョディは、荷物をテーブルに置いて振り返る。

「今見るとちょっと少ないわね、これだけで足りるかしら。買い足しておく?」

 10リットルサイズ程度の袋には酒の瓶やチーズ、ハムなどのつまみ類が無造作に入っている。彼女がどれだけ飲み食いするタイプなのか知らないが、後で足りなくなるよりは今買っておいたほうがいいかと頷いた。
 俺一人なら別に良いが、この辺りは夜、たまに銃声が聞こえるから。

 ひとまず酒やつまみをまとめて冷蔵庫に詰め、二人でアパートを出る。
 歩きながら、一言断ってタバコに火をつけた。

「シュウ、タバコ変えたの?」
「ん、ああ」

 開けたばかりのホープの箱をジンの車に置いてきてしまったのが痛かった。
 傷の治療などもあったから買えないままで、和モクであるホープはアメリカにはなかなか売っていない。
 他の銘柄をほとんど吸ったことがなく、何にしようか迷って、ふと特徴的なあの匂いを思い出して、ゴロワーズ・カポラルを買ってみたのである。


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