20

「――あなたねえ、いい加減にしてくれる!?」

 今週の怒られたさんは俺です。

「毎日毎日バカの一つ覚えみたいに、しかも甘いものばっかり!」
「すみません……」
「このお腹見てメタボだって分からないの? この上糖尿にでもなったらどうしてくれるのよ、博士を殺す気?」
「すみません……」
「お、おいおい哀君……」
「博士も博士よ。私が何のために栄養計算してると思ってるの?」
「す、すまんのォ」

 メタボのおじさんと二人正座して仁王立ちの少女に叱られる図は端から見なくてもだいぶ情けない。

 お菓子の類のレシピは分量や手順が細かく決められているものが比較的多く、“味を整える”やら“香りがしたら”などといった感覚に拠る曖昧な表現や文言があまりないのでやりやすい。
 それに気づいて、うっかり調子に乗って練習がてら作りまくったら消費が追いつかず、ケーキを二ホールも食べたらさすがにゲロってしまった。学習能力のなさに自分でも驚くレベル。そこで捨てるのももったいないと阿笠氏にお裾分けしたところ、殊の外喜んでくれ、大変いい笑顔で嬉しそうに食べてくれたもんだから、それからというもの作っちゃーあげ作っちゃーあげをしていたのである。
 少女もはじめは警戒した様子で俺がいるときは席を外したり部屋に篭ったり、途中からは後で少しもらったと小さく礼を言ったりしてくれていたのだが、あまりにも続くそれに堪忍袋の尾が切れてしまったらしい。
 阿笠氏の食事を毎日作っているのは彼女だという。健康に気をつけて献立を考えているのにガブガブ間食させられたらそらキレたくもなるな。自分がそういうことをさほど意識しないもんで言われないと気づかなかった。そんなつもりはないはずが地雷を踏み抜くのばかりうまくなっていく。
 ひとしきりてめーふざけんなこのヤローとのお言葉を滔々とぶつけられたのち、はあ、と思いっきりため息を吐かれた。

「……どうせお裾分けくれるなら、せめておかずにしてくれないかしら」
「……その、どうも普通の料理は苦手で……」

 ぎ、と睨まれ、反射ですみませんと謝る。

「…………」

 少女はしばらくじっと俺のことを見つめ、腰に当てていた手をゆっくりと動かして腕を組んだ。

「ちょっと作ってみて。なんでもいいから、一番ましなもの」

 冷ややかなままの視線で、縁がないと思っていたあのホール中央の円形キッチンへと促され、大人しくそれに従う。博士は玩具でも作ってて、と阿笠氏は地下へ追いやられてしまった。戸惑いながらもホイホイ従うあたりはっきりとしたヒエラルキーが見える。強く生きて欲しい。
 少女は今ある材料や調味料や調理器具、設備の使い勝手等を一通り教えてくれ、その後、時間はいくらかかっても構わないと言って向かいのカウンターチェアに座り、俺の動作を静かに観察していた。

 出来上がった肉じゃがを食べ、発せられたのは「下手」と一言。有希子さんもコナン君も柔らかい言葉で指摘するため新鮮だ。ストレート過ぎてちょっぴり切なかったりもする。
 それから自分でも食べてみろとのことで、鍋に余った分を別に少しよそって、じゃがいもをひとつ口に運んだ。

「それ、あなたは美味しいと思う?」
「……ええと」

 どう答えればいいのか分からず言葉を詰まらせると、彼女は眉間にシワを寄せてキッチン内へと移動してきて、鍋にいくらかの手を加え、再度つぎ分けて俺に差し出した。

「これは?」
「……美味しいです」
「そう。分かったわ」

 まだ中身の残る陶器を、手で示されて返す。

「手つきは悪くない。段取りも。味オンチのくせに見様見真似の味見と感覚で調味するからいけないのよ」
「違いましたか」

 少女は呆れたようにして俺を見上げた。まだ目が合うとくらりとする。

「いい、料理は科学よ。旨味は魔法で湧いて出てくるものじゃないの。先駆者が五万といてゼロから始める分野でもないんだから、まず基準とする味を明確にデータ化して、その許容範囲内の結果が得られる工程を、自分が実行可能であるという条件下で厳密に確立する作業をしなさい。努力をする上で最も重要なのは方向性を定めることよ。いくら必死に藻掻いたところで海底へ向かえば溺れ死ぬの。あなたに鰓呼吸が出来るというのなら別だけれどね。分かる?」
「……はい」
「あなた工学部なんでしょう。どうして研究や実験のフローを日常生活に応用できないのかしら」
「どうにも両者を縁遠いものに感じてしまって」
「お勉強しかできないのね」
「そのようです」
「ようですじゃないわよ。あなた自身の話なのよ」
「す、すみません……」

 何から何までぐうの音も出ない。正論のおうふくビンタである。
 じとりと睨みつけるような目も不機嫌な顔もそのまま、少女は小さくため息をついてそっぽを向く。そして、料理なんてどうでもいいと思っているわけじゃないのなら、と前置きをして零した。

「……暇な時、みてあげてもいいけど。あなた一人じゃ難航しそうだわ」

 それ自体もだが、関わる口実にもなる願ってもない提案だ。嫌われるのは構わないにしろ、いざ何かあった時、接点も何もない怪しい男のまま姿を見せれば余計なプレッシャーになってしまい、最悪俺の存在自体が引き金になりかねない。またひっくり返って足手纏になるという可能性もないじゃないが。

「ぜひお願いします」

 しゃがんで目を合わせ、ぐらぐらしながら答えた。胃の気持ち悪さは下手くそな肉じゃがのせいじゃないだろう。困ったもんだ。
 少女はじゃあまた今度からと頷いて、鍋へ更に手を加え始めた。今日の晩御飯にするらしい。つまりは先程の味付けは、すくなくとも彼女にとって、ご飯として食べるものではなかったと。
 そばに立って眺めていたら、ちらりとこちらに視線を向けてくる。こんなの覚えないでよ、半端な知識は入れないの。と、釘を差された。

「その、“基準”についてなんですが」
「希望が?」
「ええ――できれば、きみのための味にしたい」
「……」

 あなたロリコン?

 だいぶドン引きの顔でバッと距離を取られてしまい、誤解を解くのにそれなりの時間と労力を要した。むしろ解けなかったような気がする。無念。


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