08

「おいしいよ!」
「本当かい」

 見た目はちょっと下手くそだけど、と笑われた。
 だが練習した甲斐はあったようだ。

 開人くんは明るい子ではあるがちょっぴり内気なところもあるようで、学校からはわりと直帰してくるし、遊び相手は父親であることが多いらしい。
 そして、俺の朝夕の水やりはあの子の観察も兼ねているので必然的に小学校の登下校時間と被り、最中によく開人くんと顔を合わせる。
 彼はあれからちょくちょく笑顔で挨拶してくれるようになっていて、ちょっとした会話を交わすことも増えていた。
 そうした日々のやりとりをどうやら父親にも話していたらしく、あるとき、次の休日まる一日家を空ける用があるから開人くんの相手をしていてくれないかと頼まれ、あの子はコナン君と一緒にいる予定の日だから大丈夫だろうし、ほかに断る理由もないので、彼が良いならと承諾し今に至る。
 さして広くもない部屋で、有希子さんと二人で囲むと少し狭く感じる小さなローテーブルだが、幼い彼とだとちょうどいい。

「ありがとう、スバルお兄さん」
「お口にあったようで何よりだ」
「あと何回か作ったらもっと上手くなると思うな」
「そうか、努力しよう」
「そのときはボクが味見してあげる!」
「ああ、助かる。頼むよ」

 開人くんはハンバーグが好きだというので、有希子さんに頼んで教えてもらったのだ。ついでに子供に振る舞うならと、普段使うものより一回り小さい食器も一緒に買いに行ってくれた。どうやらお気に召してもらえたようである。
 一人じゃ作って食っても出来がわからないのであまり意味もなく感じる料理だが、他人に評価してもらえると確かにやりがいがあるし、美味しそうに咀嚼している姿を見せてくれるとちょっと嬉しい。なんとなく、他の誰かにこうしたかった気もする。

「ジュース飲むかい」
「うん」

 ジュースとマグも有希子さんプレゼンの有希子さんチョイスだ。そのままでは水やコーヒーを出すところであった。さすが母親。

「これ、ショーギ?」

 食べ終えた食器を片付けてジュースを注いだマグを持ってテーブルの方へ戻れば、開人くんが部屋の隅に置いていた簡易将棋盤を覗き込んでいた。そっちはコナン君がやってみたらと言ったやつだな。

「そうだよ」
「誰とやってるの?」
「一人で」
「自分と?」

 それ何が楽しいの? とマジレスされてしまった。ぼっちへの無邪気なボディーブロー。

「……対局じゃなく詰将棋をしてるんだ」
「ツメショーギ?」
「ええと、開人くんはお父さんとオセロをするだろう?」
「うん」
「お父さんが石を置いたとき、次ボクはどこにしよう、どこに置いたら勝てるだろうって考えるよね」
「うん」
「詰将棋は始めから終わりまで全部やるんじゃなく、そういう、“その時どうしよう”だけを考える遊びなんだ」
「うーん……?」

 あんまり伝わってない顔をしている。

「クイズみたいなものだよ」

 こんなやつ、と新聞の出題欄を見せたが、開人くんはそもそも将棋のルールを知らないらしいので何が問題であるのかも分からないようだ。子供にものを教えるのは難しいな。
 身近な子供であるコナン君があまりにも同等に話してくるものだから、普通の子供は前提条件としての知識を持たない場合が多いため展開よりまず概念や定義の説明やすり合わせから始めなければいけないということを失念していた。

「それってオセロでもあるの?」
「ある……んじゃないかなあ……」

 オセロにも定石や戦法はあるらしいが、詰めオセロとかあるのだろうか。俺は逆にそっちを知らないので答えきれない。

「オセロもショーギも誰かとやったほうが楽しいと思うな」

 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。そもそも俺も趣味でやっているわけではないし、思考で遊ぶ楽しさ云々なんてルール以上に説明が難しい。
 もうその話は置いといて、開人くんが家から持ってきたオセロをやろうということになった。彼はお父さんとの勝敗は五分五分なのだと胸を張っている。大家さん接待プレイが上手いんだな。

 ぱちぱちと石を置きながら、開人くんは楽しそうにあれこれ話してくれる。
 この前のさんすうのテストで花丸を貰った。たいくのサッカーで点を入れれた。どうとくの時間はちょっとヒマ。パソコンの授業でゲームをするのが楽しい。隣のクラスに頭のいい子がいて憧れているけれどなかなか話す機会がない。こないだの猫を近所で見つけて撫でた。帰り道カッコいい車が通っていたが名前が思い出せない。エトセトラ。こどもの世界は微笑ましい。

「あのね、スバルお兄さん……」
「なんだい」
「……やっぱり何でもないや」

 うまく加減ができず勝ってしまったら、少し膨れてもう一度とねだられた。

 二人遊びの時間は意外とあっという間で、夜になって迎えに来た大家さんに礼を言われ、今度お茶でもどうですかと誘われた。いいですね、ぜひ、なんて答える。それから開人くんに手を振って、すぐそばの家へ帰っていくのを見送った。


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