K-5

「……マジ?」

 思わず箸を落とした。母さんにどうしたの、と聞かれてなんでもないと首を振る。

 テレビの向こうで炎上している車はとてつもなく見覚えのあるものだった。シボレーというメーカー製の、ピックアップトラック。その中で死亡していた人間は二十代から三十代の男性なのだという。
 きっとあれはオレが乗ったことがある車だ。きっとあの死んだ男は、オレと言葉を交わしたことがある。
 反射でそう思ったけれど、男はいくらか前に本国に帰ると言っていた。そろそろ仕事をしないと本当にクビになってしまうと。もしアメリカに来たら、あるいはまた日本に来たら飯を奢ると。――ありがとう、と。

 遺体は身元が割り出せないほど焼けていたらしい。
 事件の翌日、知り合いの可能性がある、溶けてしまったかもしれないが、ライターらしきものの跡はなかったかと警察に電話してみたものの、そういったものは見当たらなかったと言われた。
 捨ててしまって構わないと言っていたそれを、近衛さんはオレが落書きをして返してからずっと使っていた。勝手な思い込みかもしれないが、大事にしてくれているのではないか、だからもしやと、考えたのだけれど。
 他に確認できるようなものは思いつかなくて、人違いだったと切ってしまった。まさかグローブボックスに銃はなかったかとは聞けないし。


 ――飯を奢ってくれ、と言ったのは、あの人がまともに食事も取っていなさそうに見えたからだ。
 事実近衛さんは食に対して意欲が薄く、勧めなければずっとタバコを吸っているような人だった。
 脳裏に浮かぶのは、オレが美味い美味いと頬張るのを、目元を緩めて眺め煙を吐く姿。オレがねだれば高かろうが安かろうが文句一つなく連れて行ってくれて、しかしどこに行ったってそうだった。
 色んなジャンルの店に行ったが、ついぞ美味しそうに食べるところは見られず、何が好みなのかわからずじまいだった。

 近衛さんは長期休暇の傷心旅行だと言っていたが、本当にそうだったのかは定かじゃない。
 この子を知っているかと聞いて出してきたボウズの写真は明らかに被写体に気づかれずに撮ったもので、しかも複写だった。
 運転中や食事中でも、度々電話が来ては英語で喋っていた。具体的な名詞は使用しない応答ばかりだったから、何の話かは分からなかったが。あたかも友人にするかのようなものもあれど、命令的な口調も多かった。
 休暇で旅行に来ている最中だというのに“同僚の女性に嫌われた”というのも妙な話だったし、同時に指先から手首に巻かれた包帯も何か引っかかるものがあった。
 もしかしたら、何らかの捜査で来日していたのかもしれない。深くは聞けなかったのだ。オレにはそういう世界ではないところを求めていたようだったから。

 少し迷って、後日声を変え、FBIにも問い合わせをした。
 “以前大変世話になった近衛十夜捜査官に礼を言いたい、繋いでくれないか?”と。
 返ってきた言葉は“そんな捜査官は存在しない”。いたずらなら止めろとまで。
 あしらわれただけなのか、本当に存在しないのか。警部の反応からしてあのIDカードは本物だったはずだ。
 本名ではないというのは薄々感じていたが、あの人はそう呼ばれたいみたいだったからそのままにしていた。いずれ知れたら、教えないつもりならそれでもいいかと思っていた。お陰で探す手立てがない。

 死にそうな人だな、なんて思っていた。冗談めいて、半分本気だった。
 撃ち殺した人間は取り戻せないと自嘲する、静かな声さえ聞かなければ、その疲弊しきった体で、気休めのマジックに目を細める姿を見なければ、あの場で名も聞かず別れて、きっとあの映像だって、ニュースの一つでしかなかったはずなのに。

 メールも電話も通じない。電話の相手も“同僚の女性”も知らない。本当に死んだのかもわからない。誰もあの人の存在を教えてはくれない。

 ――近衛十夜は、まるで煙のように掻き消えてしまった。その香りの記憶を残して。


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