J-11

 魔女のターゲットは把握できた。なりふりかまわず手をかけたりするつもりではないことも、もうすぐ“狩り時”だろうということも。
 私もそちらに時間を割きたいしそろそろ良いだろうと、教師を辞め母国に帰ることを伝えると、教え子である少女たちはお別れパーティをしようと言ってくれた。
 買い物に行ったコンビニで一悶着あったもののなんとか解決し、私だけのものになったマンションで、少女たちはジュース、私はワインを飲みながらお菓子をつまみ、学校の話、友達の話、そして恋の話と花を咲かせる。ねだられて聞かせられる範囲でアメリカの話をすれば、少女たちはいつか遊びに行きたいだの、そこに私の恋人がいるんじゃないかだのときゃいきゃいと盛り上がった。
 彼女たちの笑顔は何の憂いも感じられなくて少し眩しい。
 私も父が殺される事件さえなければ、こんな風に、ただ日々を楽しむために笑っていられただろうか。


 夜も更けて少女たちは寝入り、リビングで報告のメールを読んでいると、廊下から小さな物音がして扉が開く。顔を覗かせたのは少女の片割れだった。

「毛利サン、どうかしましたかー?」
「……あの、先生……」

 携帯を仕舞ってちょいちょい手招くと、少女はおずおずとした様子で入ってきて、向かいのソファに座る。

「目が覚めちゃいましたー?」
「はい、えっと、トイレに……。――ごめんなさい、先生。鏡の裏を見ちゃったんです」
「Oh……」
「もしかして……あの人が、先生の好きな人ですか?」
「……どうでしょうねー」

 先日まで彼女のターゲットたちが貼られていたそこには今、彼に渡していない写真がある。写る人物が何者か分かるのは捜査官ぐらいで、彼が来るわけでもないし、少女たちに見られたところでどうということもないかと思っていたが。
 少女はやや逡巡し、思い切ったように口を開く。

「――私、あの男の人に会ったことあるんです」
「……What?」
「一年前、ニューヨークで」
「ニューヨーク……」

 なんでも夜の裏街に大事なハンカチを落として幼馴染が取りに行っていたところを、危ないからと一緒に連れ戻しに行き、そこで会った通り魔から守ってくれたのだという。
 ――あの時の少年少女。
 その存在は忘れていない。トーヤはそのせいで連続殺人犯を取り逃してしまったと言っていたが、私達捜査官はみなどこか安堵したものだ。危うかった彼を引き戻してくれたようにも感じていた。

「――ありがとう」
「え?」
「いえ、確かに彼だと思いまーす」
「それだけじゃなくて……実は数日前にも会って」
「……どこでですかー?」
「ホテルニュー米花の通りです」

 覚えがない。こちらに来なくなってから把握できていない彼の動きも多かった。毛利探偵を張っていたのだろうか。

「お礼を言うだけのつもりだったんですけど、丁度その時ちょっと落ち込んでいて、色々思い出してうっかり泣いちゃって……そしたら慰めてくれたんです」
「――慰めた? 彼が?」
「は、はい……」
「なんて言ってたの?」
「男は馬鹿なんだ、って。だから女性の気持ちが分からない、俺もそれで振られたって……」
「“振られた”……」
「あ、あの、すみません。好きな人の、そんな話……」
「いいえ、ちょっとびっくりしまーした。彼、仕事以外であんまり喋らない人ね」

 そうなんですか、と少女は目をぱちくりさせる。
 ニューヨークで会ったときもこの前も、からかうようなことを言ってきたり、言葉をいくつか交わし、小さく笑ったりしていたのだという。――笑って、わずかながらも、心のうちを語ったと。彼が。

「…………」
「……先生?」
「……もう遅いから、寝たほうがいいでーす。夜更かしは美容の敵ね!」

 戸惑う少女を寝室へ促してかえすと、洗面台に向かって鏡を開けた。
 彼のものの下、姿を隠すように貼っていた“あの人”の写真。捲って見てみればその姿は、どこか先程まで話していた少女に似ているような気もする。
 私は“あの人”がどんな女性なのか知らない。知っているのは名前や経歴や境遇、書面や彼から聞いて得た薄っぺらなパーソナルデータ。声も言葉も笑い方も知らないのだ。だからさほどぴんとこない。

 ――重ねたのだろうか。あのあどけない少女に。


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