嘘つきアイソレーション
「一緒にきていただけますか」
そう低めの声に振り向いてみれば、見たことのある高い身長と少し怖そうな面持ち。
AL4に所属する名前は、そう。新城テツくんだったような気がする。
ああ、やっかいなことになりそうだと、千影は溜息をついた。
「それはお願いなのかな、それとも…」
「拒否権があるとは言えないですね」
千影の言葉をつづけるように、テツはそう言った。
デスヨネー、と内心納得しながらも幸い週末に差し掛かった金曜日の夕暮れだし予定もキャピタルへ行くぐらいだったし仕方ないかと諦めるように小さく頷いた。
千影の頷きにテツも申し訳なさそうに「乱暴な真似は決してしませんので」と言ったそうして連れてこられた、フーファイターの本部と呼ばれる立派な建物。
会社かここは、と思わず突っ込みをいれたくなったがそんな雰囲気でもないのでしおらしい態度で部屋まで通してもらった。
部屋はシンプルな家具が配置されており、しばらくお待ちくださいと一人にさせられてしまい完全に手持無沙汰になってしまった。
自室ではないことに居心地の悪さを感じながらもすることもない。
この現状を誰かに伝えておくべきかと思ったが年下しかヴァンガード関係で知り合いなどいないのだ。
仕事の同僚に言ったところで年下に拉致監禁とかどうなってるのとかめっちゃくちゃ突っ込まれるだろう。むしろ警察沙汰にされかねない。
むしろそうすると今後の自分の行方の方が心配だ。
「櫂、は。こまめに確認してなさそうだしなぁ。アイチは慌てて騒いじゃいそうだし。ミサキかなー。もしくは三和か」
スマートフォンの画面に表示された名前を見ながら千影はぼやく。
無論、カムイは小学生なので除外。
一人で突っ走りそうだというもの大きな理由だが。
二人に「AL4本部なう」と送信する気軽な言葉を選んだ。手荒な真似をしないと言われた手前、あまり切羽詰まった言葉を流す必要はないだろう。
「どういうこと?」とミサキから返答がきた。
返事を返そうと文字を打ち始めた時、ノック音がした。
「…はい」
「失礼します」
青髪の女の子というには大人びていた。彼女もまたAL4の一人だという。
実力は大会を見ていて偽りではないということは千影が見てもわかるぐらいだ。
「レン様がお呼びですので、ついてきてください」
淡々と鳴海アサカは千影に伝える。
嫌だと一瞬捻くれた考えも浮かんだがもともとここに残る理由もないのだと思えば素直に従うことが一番かと思い頷いた。
「わかりました」
そうして部屋を後にして、アサカのあとをついていくが無論アサカは喋りかけてこないし千影からも声をかける内容もないのでひたすら沈黙するしかなかった。
移動の時間が果てしなく長いと感じていたが、どうやらアサカが扉を開けて中に入るようにと促した。
頷いて部屋にはいれば紅い髪が目に入った。
「どうも、この間ぶりですね」
間違いなく雀ヶ森レンその人であった。
この間、という言葉にぴくりと頬が引きつる。
「そうですね」
「これから面白いものが見れると思いますよ、特等席でどうぞ」
レンにソファへと誘導されてそっと腰を掛けた。
「では、あとはお願いしますね」
そういって、レンはアサカを連れて部屋をでていくと千影のいる場所から見えるフーファイターの練習スペースへと降りて行った。
いったい何を見せるつもりかと眺めていれば、見慣れた顔がレンのいる練習スペースに入ってきた。
「櫂?」
思わず声がでたが櫂はこちらの声に気づかない。
櫂は目の前のレンと過去の話を始めてしまい、千影も思わず聞き入ってしまった。
そして、レンの瞳に宿る、激しい憎しみ。
ぞわりと背筋が粟立つ。その憎しみは千影に向けられたわけでもないのにとわかっていても。
「あなたは、それで楽しいの?」
レンに聞こえないとわかっていながらも口から溢れた。
ヴァンガードは楽しいものだと、同じ仲間を作り増やしていくものではないのか。
少なくとも千影はそう教えられて今までファイトをしてきたつもりだった。
そんな千影の言葉は誰にも拾われず、櫂とレンのバトルが始まろうとしている。
櫂が負けることはそうそうないとは思う。
だが、レンに勝てるイメージも浮かばないのも確かだった。
ウルトラレアの三人そしてアイチが揃った中、レンは思い出したかのように
「あぁ、そうだ。もう一人ゲストを招いているんですよ。ねぇ、千影さん」
「「「…!?」」」
レンの口からでたその言葉に、皆が一斉に視線を上にあげた。ガラス張りの窓から見知った顔がこちらを心配そうに見ていた。
「何故、アイツがここにいる」
「もちろん君が僕に挑みに来るとわかっていたので、ぜひ君たちのお気に入りのカノジョにも見ていただこうかと思いまして」
「千影さん!」
アイチが声をあげると、千影は大丈夫と口を動かして笑みを作った。
特別何かされたわけでもないただここにいろといわれているだけだ。
「この戦いが終わったら、さっさとアイツを開放してもらうぞ」
「もともとそのつもりですよ。彼女はあくまでこのファイトのスパイスの一つですから」
「「スタンドアップ!!」」
互いに強い意志をぶつけ合う。どちらが勝つか、誰も目が離すことなどできない。
櫂が負けた。
あれだけ強さを求め、強くなっていた彼が。
「さようなら、櫂。千影さんなら別に拘束などしていませんのでお迎えにいかなくとも一人で帰れますよ」
そういってレンは部屋から出ていく、切なげに櫂が呼び止めた声さえも届かない。
しばらくするとレンが千影のいる部屋と戻ってきていた。
「どうですか、すごいでしょう?」
うっとりと嬉しそうに己の力の凄さを問うレンに、千影は悲しげに頷く。
「えぇ。すごかった。でもあなたは一人ぼっちなのね」
彼のファイトは誰とも心を寄り添わない。そのファイトはあまりにも悲しいと千影は感じた。
「僕は強い、だから一人でいいんですよ」
その言葉を背にしながら千影は部屋を去った。
レンが去ったあと部屋の扉をくぐれば、走り始める。
道があっているかもわからないのに、ただアイチと櫂に声をかけたくて。
それっぽい場所について中へと飛び込んでみれば、見慣れた蒼い髪。
「いた!」
「千影さん…」
「櫂は?」
「一人にしてくれ、って。僕に千影さんを頼むって言って先に」
「…そっか」
「…帰りましょう」
「うん」
とぼとぼと暗くなった夜道をアイチと二人で歩く。
何か喋りたいのにさきほどのファイトを思い出して、言葉がでなかった。
意を決したようにアイチが口を開く。
「僕、櫂くんに言われたんです。レンさんとの戦いを見ていろって」
その言葉に千影は隣を歩くアイチの横顔に視線を向けた。
「負けた櫂くんや、櫂くんの想いを知って、レンさんに、勝ちたいって思ったんです」
「…!」
「だから、明日から僕の練習に付き合ってほしいんですけど…」
アイチの言葉に千影は目を見開いた。彼もまた強さを秘めている。
「アイチは強いね、尊敬する」
「えっ、な、なんですか急に!」
「いいのいいの!褒められておけば。じゃあ私も明日からアイチと一緒に頑張らなきゃね」
そういってわしゃわしゃと蒼く柔らかなアイチの髪を撫でる。
「や、やめてくださいよ〜」
アイチも恥ずかしそうに頬を染めて、千影はそんなアイチを見て頷いて笑った。
自宅についてから気づいたのはたくさんの着信とLINEの未読メッセージ。
三和とミサキにあとからこってり怒られてしまうのは当然だった。
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