煌めきに翳す

 夏といえば、何を浮かべるだろう。海、空、太陽、花火、お祭り。そんなところだろう。
 しかし、望月千影からするとそれに加えて付き合い始めた年下の恋人である櫂トシキの誕生日が控えていた。
 今年は丁度、彼の誕生日は土曜日。たしか近場でお祭りもあったはずだ。誕生日パーティーも企画済みで用意は着々と進んでいるのでせっかくの重なったイベントだし、と千影はスマートフォンで何かを調べ始める。
「あ、三和にも協力してもらわないとかな」
 思いつきとはいえ、やはり祝うならば色んな手段を講じてみたいと思ってしまうのは千影の性格からだった。

 8月のイベントといえば、夏休みが学生たちにとってメインだがその中に誕生日を迎える少年が一人。本日の主役、櫂トシキその人であった。
 ここ数年、色々ごたごたとしたことはあれど各自の誕生日となると途端に周りが否応にもパーティーを開くというのが恒例になっていた。
 そして今日もまた。呼び出されなれた櫂がいつもの通りにキャピタルへと足を踏み入れる。今日のキャピタルはCloseの札がかけられていてやっているとわかっている人間にしか入れないようになっていた。

 櫂トシキは踏み入れた先の光景に目を見開く。
室内の色とりどりの飾り付けはいつものごとながら、いつものメンバーが見慣れない姿で出迎えたからだ。
白をベースの浴衣に水色の帯のアイチや、同じく白をベースに控えめに花が描かれた浴衣を身にまとうのはミサキだった。カムイもまた紺色をベースにして黄色で柄か描かれた浴衣と白い帯をきていたが、裾をまくりあげて江戸っ子のようになっていた。エイジたちもまたそれぞれ青や黒の浴衣を着ている。
「よーし今日の主役がきたぞー。ほら櫂ちょっとこいよ」
 そういって呼びかける三和もいつもの制服や私服とは違う、浴衣を身にまとっていた。
 呼ばれるままに三和の案内へキャピタルの奥にある従業員室へと足を踏み入れる。
「ま、見ての通りだ。今日はそういう趣旨っつーことで櫂のも用意してあるんだよなーこれが」
 三和の言葉に驚いた表情をしながらも、そういう趣旨に乗るのも悪くないと思えるようになった櫂は三和に渡された紺色を基調として縦線の入った男性用の浴衣を差し出す。
 訝しげに三和に視線を送りながら櫂はその浴衣を受け取った。
「せっかく千影ちゃんが選んでくれたんだ、着ないなんて野暮なこと言わねーよな?」
 言わせるつもりもないだろうにと櫂は内心思いながら「当然だ」と短く返す。
 着付けが必要なら呼んでくれと三和は言うと退室していった。櫂は来てきた衣類を脱ぐと浴衣に袖を通す。袖の長さも丈も問題ないのを確認し、帯を巻く。こういった行事に参加したことはあまりないのというのに櫂はさらりとこういうことを卒なくこなす。
 着替えが終わるとコンコンとドアがノックされてワンテンポ遅れてドアノブが回った。
 ひょいと三和がドアから顔を覗かせる。
「うわ、お前、浴衣の着付けできるのか」
 うわ、とはなんだと抗議の意味を込めた視線を送るといつものように三和がへらりと笑った。

「お待たせしました今日の主役のご登場だぜー」
 三和が着付けの最終チェックをしたあと、櫂はいつものキャピタルへと案内された。
 ファイトテーブルのあるスペースには色とりどりの飾り付けと用意された飲食がおかれていた。
 用意をしてくれたであろうメンバーは時期にあった装いで櫂を出迎え、誕生日を祝う歌を送るのをきっかけに今日のメインイベント、櫂の誕生日パーティーが始まる。
 といっても特別なことはあまりない。身内限定のファイト大会に、用意された飲食が誕生日ケーキであったりするだけだ。
 そうして今日も総当たり戦が始まる。
 いつも通りと変わらないが、それでも各自衣装が違うだけで雰囲気も若干違うものだなと思いながら櫂はデッキを握るのだった。
 
 ファイトをはさみながら行われるパーティはあっという間に時間を経たせた。
 宴もたけなわというにはまだ早いが外はゆっくりと赤く染まっているのが見える。
 いつもであればここでお開きとなるのだが、その様子はない。
 片付けをしていた千影が「よし、いこっか!」の声に合わせてアイチたちが櫂を連れて外へ出た。
 シンもしっかりとキャピタルの施錠を確認すると「では、いきましょうか」と促す。
 アイチたちは楽しげで普段いかないようなメンバーでのイベントごとにはしゃいでいるようだった。
 行き先はおおよそ予想がついていた。今日の衣装が浴衣なのやはりこの時期によくある地元の祭りへいくためだったらしい。
 じんわりと残る暑さと祭囃子の音が夏祭りを示していた。

 カムイはまず目に入った射的にやる気を見せている。そんな様子を他のメンバーは応援したり自分もやるかと言い出したりだ。
 ぱん、と小気味よくなる銃声だが狙いの景品はびくともしない。ありがちな商法だと櫂は目を細める。
 相手も商売だ。そんな簡単にとられるわけにはいかないのだろうが負けず嫌いなカムイは当然躍起になっていた。
 アイチやエミが止めるものの、火に油を注ぐ結果になっているようだった。
 小さく溜息を吐くと櫂は店主に一回分の代金を支払う。
「なんだよ櫂、お前もやるってんのか!?」
 ぎらぎらとやる気よりは怒りに近い表情のカムイを横目に櫂は一点を狙い定める。
 ぱん、と一回目。間を空けずに別の取れそうな札へ2発3発を打ち込む景品の名前がかかれた札がぐらりと傾き、複数枚落ちた。
 あんぐりと口をあけるカムイとすごいと喜ぶアイチ。おそらく原理を知っているであろうミサキたちは何も言わない。
 重すぎるものなどには通用しないが、下側から右上に狙えば回転の要領で傾きやすくなる。連続で打てばなおさら後ろへ重心が傾く力が強くなるというわけだ。
 ちくしょー!と正気を戻したカムイが悔しがる声が響く。
「もー、カムイは熱くなりすぎだね。ほらかき氷たべな?」
「むぐ。…あ、スカイグアムだ」
「ブルーハワイ」
 毎度その間違え方はないでしょというカムイの間違えを訂正しつつ放り込んだカキ氷にカムイの熱は多少なりとも沈静化したようだった。
はい、とカキ氷を渡せばありがとうございますと素直に受け取った。カムイのそういった素直さは心地よいなと千影は口元を緩ませる。
 ほら、次へ行こうと周りが促せば、気を取り直したカムイもレイジたちに誘導されて他の屋台に視線を奪われていく。
 イカ焼きだの、チョコバナナだのと目を引くものが多すぎたのか、あっちこっちにふらふらとする背中をアイチたちは笑いながら追っていく。
その更に後ろで櫂が、マイペースに歩く。櫂の視線の先にいる今日の千影は藤色の浴衣に身を包み落ち着いた翡翠色の帯を巻いていた。
から、ころ、と鳴る下駄の音がやけに櫂の耳に残った。

 しばらくふらふらしていたアイチたちは、どうやらわたあめを買うらしく並んでいるようだった。
 シンがこちらは任せてください、と千影にこっそり耳打ちしてくれたので千影は櫂の隣まで下がってこっそりと手を繋いだ。櫂は少し驚いたようだが、
 ちらりと視線を前に戻すとひらひらと三和とミサキがこちらに手を振ってくるのが千影には見えていて、お構いなくと言いたげな視線に櫂へのプレゼントの一環なのかと気づいて了解と手のひらを振り返す。
 お膳立てされてしまったが今日の主役は手の繋いだ先にいる彼だ。ちらりと表情を伺えば穏やかな顔をしていた。
 数年前、櫂と出会った時と比べればかなり表情がやわらかくなったものだと思う。
 時折自分がここにいてもいいのだろうかと不安に揺れている時もあるようだが、それでもキャピタルメンバーを始めとしたメイトたちが櫂を支えていた。千影もまたその一人のつもりだ。
 だから今日もしっかりと櫂トシキという人間が生まれたこの日を祝おうと思うのだ。

「りんご飴…」
 好きだからお祭りのたびに食べるものだが、今日は何せケーキを食べたあとで浴衣の帯で少しきついせいもあって全部は食べ切れないだろうなと思いつつも後ろ髪引かれていた。
 それを見逃す櫂ではない。足を止めると腕を引いていた千影も足を止めた。
「何か食べたいものでもあった?」
 首を傾げる千影を連れて櫂はりんご飴を一つ購入する。櫂の思惑を知らない千影は払おうか?と言い出したが、流石にそれは断った。
 何より櫂が千影に食べさせようと思っているのだから払ってもらってしまっては格好がつかないではないか。
 屋台の店主からりんご飴を受け取るとそのまま千影へと差し出す。
 きょとんとした顔の口元にずいっとりんご飴を寄せた。
 櫂の意図に困惑しながらも千影はおずおずとりんご飴を齧る。
 かりっ、とした飴の音が響く。咀嚼する千影は顔を綻ばせていた。しばらくすると口をへの字にしたかと思えば、
「買ってくれたところで、申し訳ないんだけど多分食べれきれないんだよね…」
 と残念そうにいう千影は言った。
 それを見越していたとばかりに櫂はりんご飴を自分の口元寄せると千影と反対側を齧った。
 がりっという音と共に雨の甘みとりんごの酸味を含んだ果汁が口に広がった。
「甘い」
 櫂の呟きに千影は我に返る。
「そうだね?飴だもんね?」
 ごく当然の返しをしてしまったのは普段であればそんなことしないだろうというオンパレードな櫂の行動のせいである。
 櫂はそのまま再び千影の口元へりんご飴を寄せてくるのでおずおずと千影は自分の齧った後をさらに齧る。もう味がわからない。
 こういうことをさらりとしても格好いいと思ってしまうあたり千影もなかなかに重症だという自覚する。
 付き合うと決めてから恋人らしい空気がなかったわけではないが、外でひと目のつく場所でというのが意外で。
 首を振ってもう食べれないと意思表示をすれば千影に寄せられていたりんご飴は離れていく。
 よくよく考えてみると恋人同士というよりも兄弟のように見えるのでは?と思ったのだが、それならそれで別に構わないとも思う。
 間接キスまがいにこの歳で恥ずかしがってどうするんだと若干の自己嫌悪やらなにやらに千影が落ち込んでいる間に櫂はりんご飴を食べ終えたらしい。
 ぺろりとなめた口元がとても色気を感じさえするのだから、本当に顔がいいとしみじみ実感してしまう。
 ちらりと視線を櫂が視線を送ると、千影は一瞬視線を泳がせてそれをごまかすように他の屋台を指差した先にはヨーヨーすくいと書いてある。
 長方形の浅い水槽に浮かべられた色とりどりの水風船が浮いていて、どれも心が惹かれるのか千影の瞳はキラキラと輝かせていた。
 子供っぽいと笑われるだろうかとハッとしたものの、櫂は暖か眼差しで千影を見ていてどこかむず痒い。千影が年上だとは到底思われないのだろうなと、ほんのり傷心しながら財布から小銭を取り出すと屋台の店主に2回分の代金を渡して釣り針がぶら下がったやわい紐を櫂へ差し出すので自然に受け取った。
 何色を取ろうかと千影は目移りしつつも狙いを定める。櫂も受け取った手前、せっかくならばと品定めを始めた。
 数分後二人は水風船をひとつずつ手にしていた。
千影は赤を。櫂は黒を。
 ちなみにきちんと取れたのは櫂だけで、千影はあっという間に釣り紐をぶっちぎってしまっていた。ぼちゃんと、無残な音が響いた時のまま千影は硬直したりなどがあった。
 なんともいえない物悲しい表情をしている千影に櫂は1つ目を取り終えていた。
 幸い、釣り紐は健在だったので、すっと櫂は千影が狙っていたであろう水風船をいともたやすく釣り上げるのだった。
 ちなみにそのあとは流石に持たなかったらしく釣り紐はあえなく千切れてしまった。ぼちゃんと音がして店主がどうする?かと聞いてきたが、2つあれば十分だろうと千影は首を振りその場所から離れることにした。
 小さいころの記憶にあるお祭り。楽しかったというる。だがそれはもう遠い過去のように思えて。ああでも結局のところ、そのあと三和達にあってそのままファイトした記憶のほうが強いな、と零せば千影は目を細めて笑った。
 今とてまだ未成年だが、小学生の時から櫂トシキらしさを思わせてくれるエピソードがあまりにも微笑ましい。
 そんな櫂の言葉から、自分のお祭りの記憶はどうだっただろうかと千影は目を瞬かせてみたが、特に面白みのない記憶ばかりだ。
「りんご飴食べて、わたあめ食べてじゃがバタ食べてた記憶しかないや」
 お祭りにくれば普段食べる食べ物ですら魅力的に見えてしまって、あれもこれもと親にねだった記憶しかない。
 高校生ぐらいになると友達同士でいった記憶はあるが、やはり食べ歩きがメインにしていたしお祭りに飽きたらカラオケなどにいってしまった。
 それはそれで十分に楽しい記憶ではあるが、色気のある話には乏しいのはそっとしておこうとおもった。

 そういえばと射的屋の店主から景品を受け取ったものの、正直持て余すとしかいいようのない景品を櫂は千影へと差し出す。
 差し出された景品は子供のおもちゃの指輪だった。他に景品はちいさなぬいぐるみや雑貨でエミたちに託した。
 その中で残ったのが、今千影に差し出された子供向けの指輪だ。プラスチックで出来たチープな真っ赤な宝石にぎらぎらとしたゴールドの輪。サイズも当然とても小さい。
「あまりものには福があるっていうしね、ありがと」
 そんな風におちゃらけながら千影はその指輪を受取ると、おもむろに自分の指を一つずつ差し込む。
 当然、サイズが小さいので関節を通らないこともあれば、ぎゅうぎゅうになってしまい抜けなくなりそうだったので抜けなくなる前に引っこ抜いたりとしながら、最終的に収まったのは小指だった。
 はめられた指をかかげるように持ち上げて眺める千影は顔を綻ばせていて、そんな表情はずるいだろうと櫂は思いながら口を開く。
「…いつか」
 ぼそりと、つぶやかれた言葉に何?と千影の視線が櫂へ向いた。
「その薬指に似合うのをお前に送る」
 唐突な宣言に千影は理解できずに硬直する。それはつまり、プロポーズではないかと。
 じわじわと夏の暑さのように、千影の頬が紅をさしていく。
 真剣な顔で言われたら、真に受けてしまう。いや、冗談で言えるタイプではないと知っているからこそ、なおさら。
「っ、ちがうでしょ、今日は!櫂の誕生日だからね!?」
 乱されたペースを取り戻そうと、千影はかかげていた指輪をつけたままの左手を降ろして櫂へ抗議のように喋った。
 己の動揺を隠しきれないまま千影は櫂の腕を掴むと屋台へと繰り出す。
 小さく櫂は笑うと、そうだなと同意して千影に引かれるがまま屋台の並びへと赴く。少なくともこの時間が続けばいいと思えるようになったのは精神面での成長だろう。
 祭りも終わりに近づく頃、櫂と千影はアイチたちに合流して今日は解散となった。
 シンはアイチたちを送っていくからと、引率して去っていった。本来であれば千影も手伝うところだったのだが今日は主役のエスコート役なのでそこらへんは気にしないでいいと言われてしまったので、見送ったあとに千影はそっと櫂の手を握る。
「うち、いこっか?」
 覗き込まれるように問われた言葉に、櫂は頷いた。
 千影が誘ったのは今日のために用意した品々が自室にあるためだからだ。
 結局のところ何を選べばいいのかわからなくて、悩みに悩んだ末のプレゼント。少しでも喜んでもらえると良いなと不安な気持ちを少しだけ残しながら千影は自宅への帰路をゆっくりと櫂と共に歩んでいくのだった。おもちゃの指輪があたりの電球の光を通してキラキラと輝いていた。



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