すれ違い

「クロノくんのことが…好き、です。異性として」
 精一杯伝えた思いに少女の目の前にいた少年は、目を大きく見開いていた。
 仲良くなったのはここ最近の話で、同年代だった少女と少年はヴァンガードで繋がっていた。
 告白を受けた少年、新導クロノはその告白に経験のない状況にどうしたらいいのか目を泳がせる。
 一緒に同じ趣味を持つ異性としては、千影のことは好ましいとは思っている。だが、それ以上の感情に関して考えてはこなかった。
 だが、好きだと返すことは当然できない。友人としての気持ちがあれど、異性としての感情を今はまだ見いだせていない。
 そして何より、クロノが今抱えている問題が問題なのだ。
 明神リューズの企みを止めなければならない状況で、目の前の無関係な知り合いを巻き込みたくはない。
 なら、答えなど決まっていた。
「…悪い、今の俺にはそういうの、あー、考えられないっつーか」
 それは卑怯な言葉だったとクロノはわかっていた。目の前に純粋な思いを伝えてくれた少女への冒涜だと。
 その返答が、けしていいものではないことに千影もわかってしまってこみ上げる感情をぐっと喉で押し止める。泣いてはいけないと、己を律する。
 泣き出せば目の前のクロノが困るのがわかっていたから。困らせたっていいじゃないと、安城トコハが聞いたらいいそうなものではあるが、望月千影という少女は自分をゴリ押しできるような人間ではない。
「…そっか、そうだよね。ごめんね…」
 涙を流さないように零ぼした千影の声はか細く、かすれていた。
 さしものクロノもそれがつらい気持ちを抑えていることなどわかる。だが、それに気づいていてもなんと声をかけるべきなのか、いやむしろそんなことをするほうが酷なのではないかと思い何もすることができない。
 慰められていたらきっと我慢できずにこの場で泣き出してしまっていただろうな、と千影は思いながら小さく息を吐き出して顔を上げる。
 目の前のクロノは困惑する表情を千影に向けている。自分が迷惑をかけたという証にまた胸がぐっと締め付けられた。
「うん…ありがとう、じゃあ、ね」
 何度も何度も泣き出さないようにこみ上げる感情を飲み下し、なんとか苦笑を口元に浮かべて千影はクロノに背を向けてその場を去っていく。
 その背があまりにも寂しそうで、クロノは手を伸ばそうとしたが自分が曖昧に拒絶したせいなのに何を言えばいいのかわからず、ただ千影を見送ることしかできない。
 それ以来、クロノはキャピタルや各支部でも千影に会うことはできなかった。

 帰ってきて、ご飯も何もかもを放棄して千影は自室に篭もった。当然、失敗した告白に対して後悔とつらさで涙をたくさん零しながら。
 新導クロノに憧れて始めたヴァンガード。同じクランにしたのもすべてすべて新導クロノに近づきたかったからで、まさか本当に仲良くなれるとは思っていなかったとは言えそれでも近づきすぎたんだと今になって後悔していた。
 一緒に居た時間は紛れもなく楽しかった。色んなイベントやファイトに出れたことは千影にとって夢のような時間。
 千影の憧れが恋に変わるまで、そう時間はかからなかった。ファイトをしているときの生き生きとしている表情と目の輝きを追うたびに胸はときめいて仕方なくて、それが恋だと千影は生まれてはじめて自覚した。
 もっと一緒にいれる時間が欲しい、名前を呼んで欲しい、そういった要求が千影の思考を埋めつく日々。
 だけどあからさまな態度を取るには近すぎて、いつだってクロノの行動に千影は隠れて一喜一憂を繰り返して、告白を決意したのは先週だっただろうか。
 何せ新導クロノの周りには可愛くて素敵な女子から女性が溢れかえっている。特段、取り柄のない千影にはライバルたちから抜きん出るには告白しかないと思うには時間はそうかからなかった。
 そして数刻前の告白に戻るわけだが、今は自己嫌悪で千影はもはや死にたいと思えるほどに落ち込んでいた。
 告白をしてしまった手前、もはや今まで通りはできない。千影がいくら装ってもクロノが気を使うことが目に見えている。
 気が早すぎたといってしまえば、たしかにそうだ。ただ、告白するタイミングはあのときしかなかったのだ。新導クロノの周りにはいつも人が溢れていて、一人という瞬間を千影が意図的に作り出すには難しい。
 たまたま二人きりの帰りになったからこそ思い切った。もとより受け入れてもらえる確率のほうが少ないとはわかっていたのだ。最初から彼氏彼女じゃなくてもいい、妥協案を考えてくれるならそれでもよかった。
 だが、答えはかぎりなくNOだった。そういった対象として考える余裕もないと。
 どれだけ自分が浮かれ上がっていたのかを思い知らされた瞬間だった。
「あー、もうやだ。返りたい」
 にじむ視界にぼやいた声は、泣きすぎてかすれていた。目元は当然腫れ上がっているし、家族は空気を読んでくれたのか、何も声をかけずにいてくれているのがせめてもの救いか。
 部屋にいても、色んな思い出の品があってそれを思い出すたびに千影は泣いてしまう。この頃に返りたいと。
「もうやめちゃおうかな」
 自分とクロノをつなぐ唯一絶対の存在である、ヴァンガード。デッキを手放してしまえば、この気持ちと一緒に捨てるだなんてただの自暴自棄だとわかりながら、千影は泣きつかれて眠りへと落ちていった。



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