ASTEL CUTE

9月9日。本日、新導クロノの誕生日会という名のファイト大会である。
千影は同世代の他者が苦手ではあるが、流石に大好きなクロノの誕生日と来れば来ないわけにもいかない。
本当であれば、こっそりとあとで祝おうと思っていたのだがそんな千影の考えを見透かしていたらしいトコハとシオンをはじめとしたメンバーに実質の強制参加をさせられたわけである。
キャピタル二号店に行く集団を見送ろうとしていた千影を、あれよあれよという間に引き連れてきた彼らの手腕はすでに千影の行動を読み切っており、逃げ出すのは流石にはばかられた。
出会って一年ほど経つが、千影と彼らの距離は若干縮んではいる。ファイトをする程度には。
ただし、こういったファイト大会などといった大掛かりなものになると千影は途端に足並みが悪くなり、逃げ出してしまうのだ。
しかし今回ばかりはそうもいかない。千影の恋心は周りが見れば手に取るようにわかるほど、わかりやすい。苦手を前面に押し出す分、彼女の好意はわかりやすいのは通りでもあった。
なので、クロノの誕生日という機会を周りのメンバーは逃すはずもなく千影をしっかりと連行してきたわけである。
キャピタルにはすでに色とりどりの飾りが施されており、呆れたような観念したような表情のシンさんを通り過ぎると、ファイトテーブルと共に、隣のテーブルにはケーキが用意されていた。

「わ、すごい」

思わず零れた千影の言葉に、用意したであろうメンバーがそうだろうと満足げに頷く。
これだけ祝われるクロノという人間が沢山愛されているのだと思うと、千影の口元が少し綻んだ。
そんな千影の表情を目撃していたトコハはクミやシオンをちょいちょいとつついて、指を指す。
本来であれば大騒ぎしたくなる所だが、何せ千影は誰よりも臆病な子なのだ。
笑ってると指摘すれば、すぐさまその愛らしい顔を引っ込めてしまうのはわかっているからこそ見守るような形にならざるえない。
「おーい、主役が来る前に今日の段取りもっかい説明するぞー」
カムイの声にシオンたちは頷くと千影においで、と声をかけて手招きをする。
自分が呼ばれているのだと理解した千影は戸惑う表情を見せながらも、そろりそろりとシオン達に近寄っていく。
まるで野生動物を懐かせているような光景に、見ていた大人と高校生組は笑うしかない。

説明というにはざっくりとしたものを聞かされた、数分後キャピタルにようやくクロノが訪れた。
誕生日と言うことは本人も自覚があったらしく自信満々にデッキを構えている。
そんな姿も千影にとっては格好よくもあり、可愛らしくも思えた。
出迎えた早々、ファイト大会へが始まる。当然千影もファイターとして参加予定にさせられていた。
今回のファイト大会はクロノが主役というわけで、全員と一戦ずつ交えると言う実質クロノにとっての耐久戦である。
プレゼント代わりみたなものだと言うには、主役には過酷な気がするがクロノはむしろかかってこいと言わんばかりに闘志にみなぎっていたりする。
そんな姿を見てしまえば、千影も全力で挑むしかない。千影の順番はまだ先だが、持ってきた自分のデッキに「私達もがんばろうね」とささやきながらカムイと対戦し始めたクロノの姿を見つめるのだった。

「ねえ、千影。もしよかったらウォーミングアップ手伝ってくれない?」

クロノの連戦を眺めていた千影に唐突に声がかかる。視線を向けるとこちらを伺うようにトコハがデッキを掲げていた。
私でなくてもいいのでは、と思う気持ちはあるが千影もウォーミングアップはしたいと思っていたので素直に受け入れて「…うん、いいよ」と答えるとトコハはパァと花の様に綻ばせて千影の手を引いて空いているファイトテーブルへと案内してくれた。
デッキをシャッフルし、設置する。「スタンドアップ!」の掛け声と共に千影はファイトへと思考を切り替える事にする。
千影とて、ただで負けてやるほど、弱いつもりはないのだから。
ファイトに白熱していると、その熱に看過された人達も各々相手を見つけてファイトを開始してしまい結局のところただのファイト大会と化していたのは言うまでもない。
トコハとの一戦を終えた千影も、次はクミ、次はシオンとウォーミングアップなどと言うレベルではないファイトを繰り返していた。そして若干疲れつつあったので、ハイメが誘ってくれてはいたが休憩してからでよければと言えば「OK!またあとでねアミーゴ!」と引き下がってくれた。
すんなりと引き下がってくれる所が大人の気づかいなのだろうと、中学生ながらも千影はハイメの気づかいに感謝しつつ用意されたジュースを一つ手に取り一息ついた。
トコハとの一戦は惜しくも敗北。クミには勝利。シオンにも辛くも勝利。
悪くはない戦績ではあるが、目的はそこではないので一度クールダウンしておいたほうがいいだろうとコップに口をつけた。
冷えたオレンジジュースが喉を潤して、甘味が連戦で疲れた頭にはちょうどいい。

「あれ、お前も休憩中?」

思ってもいなかった声に思わず体を跳ねさせて、振り向くとクロノが同じオレンジジュースの入ったコップを持っていた。
思わず首を縦に振り頷いて「クロノくんも?」と問うとクロノが頷く。

「流石に俺だけぶっ通しってのは無理があるしな」

それはそうだろう。ここにいる人数を全て相手するだなんて、千影だったら逃げ出している所だ。
どこぞの支部でやっていたスパルタ教育でもあるまいし、と思う所はあったがクロノの表情が楽しそうで流石に口にすることはしない。
ちびちびとオレンジジュースを口に運びながら、千影は自分で用意した鞄の中身を思い出す。

「あの、クロノくん」
「おう」
「…終わった後少しだけ、時間いい?」
「!…何時に終わるかわかんねーけど大丈夫か?」

ぶんぶんと首を縦に振り千影は頷く。そんな姿に若干驚きながらも、クロノは「んじゃ、ファイトでな」とその場を離れていった。
ファイトも頑張らねばならないが、その後に控えた本番に千影は少し緊張を滲ませながら自分も順番が来るまでウォーミングアップというなのファイトに戻ろうと先ほど声をかけてくれたハイメの元へと戻るのだった。

結局全ファイトが終わって食事に移行したのは20時過ぎであった。
クロノと千影のファイトは千影の負けで終わってしまい、千影の中では若干燻る結果となってしまったが、同クラン使いということもありクロノはしっかり楽しんでくれたようなのでその点は百点満点だったかもしれない。
食事が終わり次第、大人たちが未成年組を送ると言うことになりそれぞれ片付けと帰宅準備を始めた。
千影も自分の荷物をまとめながら鞄から用意していたものをポケットに忍ばせておく。デッキやら何やらを鞄につめて自分の支度が終わると、片づけを手伝い始める。そんな最中に、誰かが千影のとんとんと肩をつついてきた。何だろうと首を傾げるとそこにはクロノが立っていて「ちょっといいか」とばたばたと片付けをしているキャピタル内をそろりと二人で抜け出すことに成功した。
「多分このままだと話す時間なくなっちまいそうだったから」
ちゃんと約束を覚えていてくれたらしい彼の優しさに千影は思わず胸がきゅうと締め付けられるような甘い痺れを感じながら「ありがとう」と口にする。
ポケットから先ほど用意したものを手の中に閉じ込めるように優しく握ると、クロノの手を取りそっとその上に広げておいた。

「えと、何がいいかわかんなくて。だけど、何かあげたかったから」

千影の手が離れていくとクロノの掌には小さなクロノドランのフェルトで作られているらしいキーホルダーだった。
若干歪な所がおそらく手作りらしいことが伺える。

「…すごく不器用なりに作ったけどそれが一番いい出来で!」
「貰う」

一生懸命に伝えようとする千影にクロノは胸が満たされるような幸せを感じながらキーホルダーをそっと優しく握る。
自分の為に、何度も失敗しながら懸命に作っていたであろう千影の姿が浮かんではクロノの心を温かくさせる。

「お前が俺に作ってくれたんだろ?それだけでいい」

クロノが見せた優しい笑みに、千影はもう倒れそうだった。
どうしようと心臓が爆発しそうなぐらい煩い。
ああ、だけど大切なことをまだ伝えていないじゃないかと千影は頬を染めながらも口を開いた。

「お誕生日おめでとう、クロノくん…だいすき…!」

満面の笑みで頬を染めて祝福してくれる少女にクロノはただ目をまんまるくして、そして恥ずかしそうに視線を地面に落として小さく「…おう」と応えた。
今までの中で一番の誕生日を迎えている、そんな気すらしてしまうほどに彼女の言葉が眩しい。
だから、クロノは彼女に手を伸ばして抱きしめるのだ。自分もだと、口に出せなくとも同じ気持ちであるとわかるように。


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