響く音に隠れる真意

とあるカラオケの一室。普段であればカードショップにいるはずのメンバーが何故かそこに集まっていた。
事の発端は三和だったのだが、シンは保護者としてくるわけにもいかず代わりに千影が何故か保護者代理として誘われたのである。
行きたがってるのにいけないのもどこか可哀想な気がしたのでついてきたが、気が付けば大所帯になっており通された部屋もそこそこ大きい。
景気づけにと三和が一曲入れて、周りを巻き込んで歌い始めた。そんな微笑ましい姿を眺めながら千影は運ばれてきたジュースを各テーブルに配置する。
配り終わって席につくと、歌っている彼らを眺める櫂がいつもの仏頂面で座っていた。
好んでカラオケにくるタイプではないのはわかっていたが、レンと三和に強引な形で最終的にはアイチのお願いもあって連れてこられたと言うのもあるが本気で嫌であれば、何も言わず帰っていた事ぐらいは千影にもわかるので本気で嫌がっているわけではないのだろう。
千影自身も歌を歌いに来たつもりはなく、楽しそうな彼らを見ているだけだ。
運ばれた烏龍茶に口をつけながら千影は歌詞が映し出される。レンに巻き込まれたアイチは若干気恥ずかしそうに一緒に歌ってるのを三和を始めにアサカやカムイ達が楽しそうにタンバリンやらマラカスを振っているのもなかなかシュールな光景だった。
しかし、聞けば聞くほど周りの歌唱力はいいもので恐らく隣で座っている櫂も声がいいだけに気になる所ではある。
聞いてみたくはあるが、それをお願いするのも何だしなーと思っていると歌い終わったらしいレンがアイチを連れて櫂に絡みに来ていた。
そんな姿を千影は少し離れた席から眺めていると櫂がレンに引っ張られるのと引きずられるの間ぐらいでマイクを渡して真ん前へと押しやる。
どうやら二人で歌うらしい。いつのまにかアサカがレンの指示で曲をいれたらしく、流れ始めていた。
歌ってくれるのなら聞きたいんだけどなと、少しだけ希望を乗せた眼差しを送るとあからさまに嫌がっていた櫂と目が合った。
おそらく千影の意図は組んだのだろう、諦めたような表情を見せて流れ始めた曲を確認して歌い始める。
耳に届く声は低く、それでも聞き取りにくいわけでもないしっかりとした声音。
レンが歌える曲をチョイスしてある当たりも流石だとか思いながら、櫂とレンの歌声に聞きほれている間に終わってしまった。
もう少し聞きたかったけどまあ、聞けただけよしとしよう。

「千影、アンタは歌わないの?」
「ミサキは?」
「アタシは別に…」
「私も別にいいかなー聞いてるほうが好きだし」
「そう」

千影自身、学生時代カラオケに通った時期もあるので嫌いではないのだが歌うメンバーがそれぞれ持ち味のある歌声を披露してくれるのもだから正直気が引けている。
何よりもともと歌うつもりで来ていたわけでもないのだ。
そして、年代ギャップを感じるのもちょっと怖いと言う面もあるのだが、それは口にしなかった。
今の時の曲を知らないわけではないが好みしか聞かないのでおおよそウケのいいものを選択できる気がしない。
会社の上司や同僚のほうがよっぽど合わせやすいと言うのもおかしな話だ。

「あーでも、ミサキの歌一回でいいから聞いてみたい」
「…あんまり人前でとか苦手なんだよね」
「だよねえ。まあ無理にとは言わないけど、気分が乗ったらでいいよ」
「交換条件なら、いいよ」
「本当?」
「まあ、せっかく来てるんだしね。千影も何か歌うなら、私も歌うかな」

わくわくした気持ちでミサキの条件を聞いた千影は一瞬硬直し、視線をミサキからずらす。
ミサキの歌声はもちろん聞きたい。だが、その代わりに自分も歌えと言われると気後れしてしまう。
だがこの機会を逃すのも惜しいと葛藤した結果、千影は重々しくゆっくりと首を縦に振った。
苦渋の決断だったらしいことにミサキは困惑しながら千影の返答を受け入れた。

「…そんなに嫌だったの?」
「いやー、うーん。なんかみんな歌うまいから凄いやりにくいっていうか…」
「別にうまい歌を聞かせに来てる訳じゃないし気にしすぎだとは思うけどね」
「まーそれはそーなんだけどさ」

ミサキの問いに千影はもごもごと口を噤んだ。
いつのまにか三和から預かっていたらしい、電子機器の端末をミサキが操作し始める。
しかし、ミサキが先に歌をいれてしまうとその後に歌わなければならないのは自分ではないかと千影は気づいて、慌ててミサキに頼み込んで先に選曲する事にした。
電子音をさせながら、一体何を歌えばと若干焦りを感じながら画面をペンで叩く。
新しい歌を歌う必要がないのはわかっているが、どうにも合わせにくい。
せめて無難な歌を、と必死にペンで丁度良さげな曲を選び続ける。
幸い他のメンバーがまだ色々と曲をいれているおかげ、選ぶ時間の猶予はあるようなのでその間になんとしても決めなくてはと千影は曲名の一覧に顔を顰めた。



やわらかな声音が部屋に響く。歌っているのは千影であった。
自分の声と比較的近く、音程の差が少ない歌いやすい曲をチョイスしたので大きく音を外すことなく歌い終わることができた。
歌い終わった後にはそれぞれが褒めてくれたりしたので、悪い気はしないまま席へと戻る。
入れ替わるようにミサキがマイクを握って歌い始めたのだが、自分と比べると天と地ほど差があるような気さえしてくるほど上手い。
前座だったということで自分の歌は忘れる事にしようと心の中で処理すると千影はミサキの歌声に聞き入っているとレンがいつのまか千影の隣に座り、電子端末をにこやかに差し出してくるではないか。

「いやいやいや!」
「遠慮せずにどーぞ」

受け取るまいと拒絶しながら千影は両手で押し戻してみるものの、レンが引く様子もない。
ミサキの歌声と引き換えで一回ぐらいならと歌ったのが失敗だったがすでに後の祭りである。

「遠慮はしてないから、ほら、レンも歌いなって」
「いーえ、僕は十分に楽しんだので今度はみんなの歌が聞きたいんです〜」
「私じゃなくてもよくない?」
「他の人達はちゃんと歌ってますし、千影さんさっきの一回だけじゃないですか。もったいないじゃないですか」
「勿体無くないない。もともと私は歌いに来たわけじゃないし」
「でもさっき歌ってましたよね?」
「あれはミサキとの交換条件!」
「えー。でも上手でしたよ?」
「はいはいありがとね」
「お世辞じゃないんですけど、釣れないですねぇ」

煽ててこようとするレンをあしらいながら千影は烏龍茶を口にする。
拗ねたように唇を尖らせるレンによしよしとなだめるように赤い髪を撫でた。
ぴょんぴょんと跳ねている通りに柔らかい髪質だなぁと手を離すとそれでも納得がいかないらしいレンの面持ちに苦笑するしかない。
というか、これはわざとそうしているのだろうが。

「じゃあ、一緒に歌うってので手を打ちませんか?」

打つも何も歌うつもりはないと言ったよね?と返したかったが、そこまで食い下がるならと結局のところ千影が折れることになった。
一緒なら多少歌が上手くなくとも相手の声でカバーできるだろうという思惑も混みなのとレンが食い下がり続けるのも予想がついたと言うのもある。
何を歌おうかとレンと共に電子端末を眺める。
そんな二人の様子がやけに目に付いたので櫂は思わず声をかけていた。

「お前達は何をしてるんだ」

櫂の声に電子端末から千影が顔をあげる一方でレンは「一緒に歌う歌を探してるんですよー」と顔をあげないまま返事を返していた。
千影も仕方なくといった表情をしていたのでやれやれと櫂は千影の隣に腰かけてその様子を眺めることにした。
そしてレンと櫂の間に挟まれた千影は居たたまれないと言った表情を浮かべることしかできない。ミサキに助けを求める視線を送ったが諦めな、と言わんばかりに目を伏せ首を横に振られてしまった。
最終兵器のアイチに助けを、と思い視線を向けたがカムイ達に囲まれており抜け出すのは難しそうなのがわかってしまったので、早々に千影は諦めてさっさと歌う歌を決めてしまう方が早いと電子端末の画面に視線を戻すしかない。
もうなんでもいい、とりあえずこのサンドイッチ状態から抜け出したい一心で千影はレンの選んでいる中から適当に選曲する。
誰もが知っているであろう曲なので問題はないだろうと千影は踏んだのだ。
最悪知らなければそれはそれでキャンセルすればいいんだと言い聞かせて、曲の順番を待つ。
正直トイレとでもいってこの状態から離脱すればよかったと気づいたのは千影が選曲した順番の目前である。
もっと早く気づけばよかったと思いながらも選んだ曲になったのでマイクを受け取りレンに渡す。しかしその瞬間レンが櫂にマイクを渡して「あ、僕この曲知らないんで櫂、僕の代わりにお願いしますね」などと言い出して離脱したのだ。
流れ始めた音楽に握らされたマイク。
抗議の声を上げる間もなく歌詞が流れ出すので千影はとりあえず歌いだすしかなかった。
というか櫂がこの曲を知っているかも、また別問題だったのではと思ったのだが、ちゃんと知っていたらしい櫂はパートを歌いあげてくれている。
もしかしなくともレンはもともと櫂に投げるつもりだったのではないかと千影の脳裏に過ったが、だからといって櫂だからと拒む理由もないのでとりあえず自身で選んでしまった歌をしっかりと歌いあげることに集中することに切り替える事にした。
曲自体は問題なく歌い終わった。不協和音にならなかっただろうかと不安が多かったが、周りの反応を見る限り問題はなかったようで本日二度目の安堵の息を吐き出した。
マイクを次の番だったらしい三和に渡すと「ナイスデュエットだったぜ!」と親指を立てて褒めてくれたので、若干気恥ずかしい。
ずるずると椅子にもたれ掛かりながら烏龍茶を三度口にする。

「あまり飲むな。歌った後だと喉がやられるぞ」
「そうなの?」

その様子を眺めていた櫂が忠告してくるので、どういうことなのかと言う視線を送ると水の入ったコップを差し出される。
とりあえず受け取る。飲めと言うことなのだろう。口につけると普通の水だった。冷たくもない。

「カフェインは喉を傷める。水にしておくといい」
「へー。あー、だから長時間歌う時にお茶飲んでると喉が痛くなるんだね」
「潤すだけなら水が一番いい。できるだけ常温でな」

櫂のアドバイスにふんふんとデッキの編成をしている時のように千影は頷く。
今後同僚たちと行く際にはそれを覚えておこうと思いながら、コップを置いた。
ちらりと櫂がそのコップに視線を向けた意味を、千影は知らない。
実は櫂がすでに口をつけてしまったコップである。
何気なしに差し出したが、自分がすでに口をつけていたことを思い出した時には千影も口をつけてしまっていたので手遅れだったのだ。
実際千影も気づいてはいないので、知らない振りをしておいたほうがいいだろうと思いながらほんのりと頬に集まる熱に気づかれないことを祈るばかりだった。



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