還幸

千影は改めてかつての仲間達を確認するように視線を動かすとまずナオキと視線がぶつかる。
するとナオキは拳をこちらに向けてニカっと笑みを向け、視線を動かすとレオンはいつも通りふっと微笑む。レンに至ってはまるでいつものように手を振ってくる始末だ。
一応敵対関係だと言うのにおかしな空気が流れていた。呆れてこちらも笑うしかないではないか。
変わらない、そんな彼らが随分と眩しく見えて千影は目を細める。
アイチを今までの場所に帰してあげられたらと思う気持ちがないわけではない。
ただ、彼に巣食うリンクジョーカーの力を自分に移すこともできない以上、手段などないのだ。
アイチはけして誰にもリンクジョーカーを移すことは良しとしない。
だから彼らがここに来たとしてもこの結末は変わらないと千影は知っていた。
あくまでこの時間も、この出来事も無意味に等しいのだと。
彼等が諦めてくれる、その時まで。いや、諦めているのはアイチと千影の方でもある。
この力を収める方法が他にはないと諦めてしまっている。
進行していくファイトに意味がないと口を挟まなかったのは、アイチが櫂達の想いをファイトで否定しようとしているからだ。

「櫂くん…」
「笑っている…?」

アイチとコーリンの言葉に、感傷に浸っていた千影は思わず櫂に視線を向けた。
ファイトが進行するにつれて、櫂の表情はファイトを楽しむかのように口元は弧を描いているのが見えて、千影はこみ上げる感情に瞳を揺らす。
対面しているガイヤールも、櫂の全力を受け止め返すようにファイトを展開させながらもガイヤールの口元が笑みを称えていた。
これが本来のヴァンガードファイトの在り様だと言わんばかりに。
ファイトの結果はガイヤールが敗北だったが、その顔に悔いはないらしく晴れ晴れとしていた。

「僕を倒したからには、必ずアイチさんを、千影さんを救い出して見せろ」
「言われなくても、そうするつもりだ」

ガイヤールは全てを託すように櫂へと声をかければ、当然だと櫂は返答する。
その敗北にアイチは決意を固めたのか、ネーヴから離れ一人で立ちファイトテーブルへと向かった。
おそらくまだ辛いであろうその体を引きずりながらもアイチはファイトテーブルにつく。

「ありがとう、コーリンさん、千影さん、みんな。僕の我儘に付き合ってくれて。だから、僕がちゃんと終わらせます」

そう宣言したアイチは対面にいる櫂を見据える。
沢山の辛い事をさせたことをわかっていても、これからもそれを強いるとしても。
先導アイチの決意は揺らがない。揺らいではいけない。
アイチの決意を受け取った櫂はデッキを再セットしアイチに視線を返した。

「俺は、いや、俺達はお前達を取り戻しに来た」
「他に道なんてないんだよ櫂くん。…千影さんの事は、本当に巻き込んでごめんなさい」

櫂の言葉と強い意思にアイチもまた自分の意思を貫くために断言し、そして謝罪を口にするものだから櫂は一瞬驚く表情を見せる。
千影の一件をアイチのせいだとは櫂は思っていない。だからこそアイチが千影を巻き込んだことを謝ることではないとわかっていた。

「選んだのは、アイツだろう。アイチ、お前が謝ることじゃないはずだ」
「うん、でも…。僕は、千影さんを自分の為に利用したから、みんなからも千影さんを奪ったんだ」

アイチの発言に千影は口を挟むべきか迷ったが、此処でその言い合いをしたところで意味はないと悟り口を噤んだ。
なんと言ったところで、アイチが自分自身を責める理由を増やしてしまうだけだ。

「…このファイトで櫂君が負けたら、石田君、レオン君、レンさん、櫂くん。君たちにカトルナイツになってもらいます。…千影さんには付き合わせて申し訳ないけど、多分僕一人じゃ制御できないから、最後まで一緒に」

アイチの宣言にその場の誰もが息を呑んだ。
その決断をアイチに選ばせたことを千影はただ、己のふがいなさに掌に爪を食い込ませるほど悔いるしかない。
そして、アイチの言葉に千影は頷いた。
元からアイチの決断に最後まで責任を持って付き合うつもりだったので、例え、櫂がカトルナイツになったとしてもそれを違えるつもりはなかった。
手段と目的が逆転してしまっているのはもはやわかっていた。
それでもここまでしてきたことをなかったことになどもうできない。

「ごめんね、ガイヤールくんたちが悪いわけじゃないんだ。これは僕の弱さが引き起こした事だから。
 一番近くの傍にいた、仲間にお願いすることができなくて、こんな事態を引き起こした。
 だから今度は櫂君たちに僕たちを封印して、守ってもらう」

それはアイチの千影への思いやりだった。
櫂が千影を好いていることもおそらく千影が櫂を少なからず好いていることも知っていたが故に。
千影はそんなアイチの気づかいがわかってしまったからこそ、カトルナイツを海外へ探しに行くと言った時、止めなかった。
そうして、今のカトルナイツが選び出され、今ここまで来てしまっている。
止めるべきだったと今更いくら後悔したところで過去には戻れない。
それに、彼らが先導アイチを忘れたまま生きていくわけがないと心の何処かでずっと互いに思っていた所はあるのだ。
未だにアイチとリンクしている千影の体はアイチがダメージを食らう度にリンクジョーカーの種が蠢く痛みを感じ取っていた。
微量とはいえ、汗がにじむ程度に体は悲鳴をあげているが、千影は表情に出さないように堪えていた。
アイチも自身の痛みが千影とリンクしていることを当然知っていて、ファイトを挑んだ。これ以上、時間をかけるわけにはいかないと思いながら。
アイチの言葉に、櫂もまた自分達が今までどんな気持ちでここまでやって来たのかを真摯に訴えかけ続ける。

「お前たちの記憶を失いたくないと、そう思ってくれたからこの厳しい戦いに身を投じてくれた。
 そしてお前達もメイトだ!アイチ、千影!」
「っ!…櫂くんの戦う意思を凍りつかせることなどできない…そんなことわかっていた…なら、終わらせるだけだ!」

多分、あの時以来だ。
リンクジョーカーの一件以来で名前を呼ばれたことに千影は痛みで無い感情に体を震わせる。
名前を呼ばれただけだ。それだけで、こんなにもあらゆる気持ちがこみ上げてきてしまう。
だが、それを律するために千影は深く深呼吸して己を落ちかせる。
素直になれていればもっとこんな形にはならなかったのかもしれない。それでも、櫂を選ばなかったのは、千影自身だ。
そんな千影の様子を静かに櫂は眺めていたかと思えば、アイチへと視線を戻す。
二人の決意を櫂は無碍にしたかったわけではない、だが自己犠牲で自分を守ろうとしたことだけは認めるわけにはいかなかった。
一人になるなと教えてくれたのは、アイチと千影を始めとしたメイト達だ。
自分だけで抱え込むなと教えてくれたのも彼等だ。
そんな二人を忘れて自分だけのうのうと生きていけるわけがない。
だからこそ、二人に自分やメイト達の気持ちが伝わるまでわかってくれるまで幾度でも何度でも繰り返して、取り戻す。
アイチから繰り出される激しいクリティカルトリガーの猛攻に、櫂の表情は何か確信を得たようにぎりぎりのガードで防ぎ切っていた。

「どうしてここまで…」
「俺はアイチ、お前を倒すつもりで挑んでいた。何故、お前達が封印という形を取ったのかの理由を知って、そう心に誓った。必ずアイチを倒し、俺が変わりとなりそのシードをこの身に宿そうと考えていた。
そうしたらお前達は、カトルナイツ、はたまた、封印の触媒になってくれたのか?」
「っ、そんな馬鹿なこと!そんなことできるわけが!!」

櫂の意思に困惑しながら、アイチは珍しく怒りを露わにしていた。
それでは自分の身体にこの力を封印した意味がなくなってしまう。
立場が入れ替わる可能性など当然あった。だがアイチはあえてその可能性をあえて切り捨てたのだ。そうなってはいけないからこそ、記憶を消したのに。
だと言うのに目の前の櫂はアイチに勝った暁には、その覚悟があるのだと言う。
例え、アイチがこの勝負に勝ったとしても櫂は何度でも同じ選択をするつもりでいるのは誰もが見て取れた。
アイチを止めることができず寄り添うと決めた自分がアイチから櫂に変わった途端できないなどと言えるわけがないと言うのに、否定することができない自分自身に千影はただ絶句する。
何も言うことのできない千影に、それが答えなのだろうと櫂も感じ取っていた。

「お前達は自ら犠牲になれど、俺が犠牲になるのは耐えられないのか?」

最もな言葉だ。誰かを犠牲にして、世界の平和が守られるぐらいなら自分自身が犠牲になることが最善だと思うのは当然だ。
犠牲になることが前提であれば、先導アイチは必然的にそれを選ぶ。そして、望月千影はその意思に準じた。
どうして、どうしてと千影は己に問うが答えはただ一つだけ。
もとより千影は、先導アイチではなく櫂トシキを選んでいただけの事だ。
だからこそ、櫂が犠牲になる事など認めることができなかった。
アイチが犠牲になっていいなどと思っていたつもりなどなかったが、だが千影は強く止めなかった。できたはずのことをしなかった。
千影自身が思っていた以上に、あまりにも醜悪な感情がそこにはあった。
アイチを犠牲にしても、櫂の安寧を願ってしまっていた時点で全て間違っていたのだと。

「そう、だろうな。考えてみれば俺もだ」

櫂の言葉にアイチはたじろぐばかりだ。
自分が最善だと思ってしてきたことを逆転の立場から見れば、自分が彼等にあらゆる責任や想いを押し付けてしまっているのと同じだとわかっている故に。
それでも先導アイチは守りたかった。かけがえのない仲間たちを。

「…今からお前を倒し、お前達二人の意思を打ち砕いてやる。お前達が犠牲になれば、俺や他のすべてを救えると言うそのイメージを焼き尽くす!」
「櫂、くん…」
「イメージしろ。煉獄の炎に焼き尽くされるお前たちの意思の脆さを。ファイナルターン!」

宣言する櫂にアイチと千影は息を呑んだ。
すでにアイチによって呪縛されたユニット達、そして手札の枚数も少ない櫂にここから起死回生の一手があると普通は思わない。
だが、櫂トシキと言う男の強さをこの場の誰もが知っていた。
三度目のシークメイトを発動させた櫂は背に控えていたレン達の応援を受け、更に眼光を鋭くさせた。

「もしも今、二人の苦しみが消せるなら俺は喜んで自らの身を差し出す覚悟がある!」
「駄目だ。そんなの、ダメだ!本当は、僕がもっと強ければこの封印だって僕一人で十分だったはずなのに
 僕の弱さで千影さんを、巻き込んでしまったのに!」
「周りを見ろ、アイチ。千影はお前と望んで共に来たはずだ。お前を思ってそこにいるんじゃないのか?その気持ちは俺やみんなと変わらないはずだ」
「っ…だけど!」

櫂の言葉に誰もが頷く。アイチだけを犠牲にしたくないのは皆一緒なのだと。
千影は、ラティの支えを離れて痛みを抱えたままアイチの隣へとゆっくりと歩み寄り言葉を紡ぐ。

「アイチ。私は、私の身勝手に傍にいたんだよ。アイチのせいじゃない」
「でも…!痛い思いも辛い思いも僕は、誰にもさせたくなかったのに…!」
「私も、一緒だよ。アイチだけにそんな思いをさせたくなかったし、これからもそう」
「っ」

本来はここでアイチを奮い立たせる言葉をかけるべきだったのだと思う。
だがもういいのだ。目の前のアイチはこんなにも傷ついているのに、これ以上を重ねることに意味があるのだろうか。
ずっと苦しんでいるアイチはまるでかつての櫂のようだ。
千影のかける言葉にアイチの瞳はゆらゆらと揺れていた。
自分を責めてくれと、罰してくれと訴えかけているようにも見えた。
だが、千影はそっと観念しようと訴えるようにアイチの頭を撫でてやるとアイチは俯いてしまった。
そんな二人のやり取りを見守っていた櫂が口を開く。

「今お前たちの苦しみを分け合うことができるなら、俺だってそうする。そしてこの場にいる誰もが、この場にいないメイト達も同じことを言う。同じ事で封印をされると言うなら誰もがそれを受け入れるだろう!」
「何を…」
「お前たち二人だけでその運命(さだめ)を受け入れる必要などない。皆でその運命を分け合うんだ」
「無理だ!シードは一つだけしかないのに!」
「そんなことが、本当に…?」
「できる。ブラスターブレードならば!」

櫂の言葉に無理だと頭を横に振りながら、ファイトテーブルに身を乗り出し否定するアイチに千影もそんなことができるわけがないと半信半疑で櫂に視線を送る。
その瞳は確信を持つ輝き。ここで嘘をつくような少年ではないとアイチも千影もよく知っている。
ファイト中にブラスターブレードの意思をくみ取ったのだと櫂は語る。
そして、リンクジョーカーという存在をクレイに認めるつもりなのだと。
そんなことができるわけがないとアイチが零すがそれをラティが否定する。
ラティはもとよりクレイの存在を感じ取っていたが故に、それだけ大きな器であることを一番知っていた。そしてPSYクオリアを持つアイチならばそれを知っているはずだと。
千影には、よくわからないが彼らがそう決めているのならば口を出すことではないのだろう。
周りの言葉にアイチに焦りが見え始める。櫂はそれでも容赦するつもりはないとアタックを宣言する。
ノーガードを宣言するアイチに千影はただ見守るだけだ。退却させられたガーネットスターを見送り、櫂が繰り出す最後のアタックにアイチはガードを切るが再びダブルクリティカルトリガーを引き当てた。ここまで来ればもう、どうしようもないとアイチも悟ったらしくカードをファイトテーブルに置いた。
カードの代わりに開いたアイチの手を千影が握る。一人じゃないよ、とまるでアイチの姉のように千影は微笑んだ。
最後まで一緒だと約束した、千影なりのけじめだ。
千影の決意を察したアイチは振りほどくこともできず、代わりにぎゅっと千影の手を握り返す。
オーバーロードとネオフレイムのアタックを防ぐことができずアイチはダメージゾーンに滑り込んでいくカードを見つめ口を開いた。

「僕の、負け、です」

静かなアイチの声に千影は、瞳を伏せる。終わってしまった。これが正しいのかはわからないが、それでも誰かだけを犠牲にすることがないのならばそれが最善だと言えるのかもしれない。
そしてアイチの敗北により、リンクジョーカーのシードは動き始める。アイチを包む赤黒いオーラは手を繋ぐ千影にも苦痛を与え始める。
呻くアイチを千影は支えながら、血が出るかと思うほど唇を噛みしめ痛みに耐える。
これでいい。少しでもアイチの痛みや苦しみが少しでも緩和できるなら、これが自分の最期の役目だと。
苦しみにもがく、アイチと千影に周りは心配そうにその瞬間を待っていた。
アイチからリンクジョーカーのシードが飛び出るその瞬間を。
そしてやってきた瞬間を逃さずに、櫂はブラスターブレードを呼ぶ。
だがシードの動きが櫂に飛び移ろうと動く瞬間、千影は願った。
自分を慕うユニット達に少しでもいいシードの動きを止めてくれと。
その願いを聞き届けたように、千影の影から黒い糸が複数現れ、櫂へと飛び移ろうとするシードを引き留めた。
そしてブラスターブレードがシードを砕く。
小さい欠片へと変貌し、そしてこの場に居たもの達、この一件に関ったものたち、そして未来に託された。
アイチがこれでリンクジョーカーは消えたの…?と呟くと、ブレスターブレードが代わりに答えた。
リンクジョーカーは消えることはない、シードは小さくなり寛容と覚悟を持つファイターの元へ行ゆき、そのシードを持つファイターが寛容と覚悟を持つファイターと戦った時再び分割され、限りなく薄まり続けることでファイターを乗っ取ることもないだろうと。
そしていつかクレイの新たなクランとして受け入れられるのだと。
全てがようやく終わったのだと安堵したアイチから力が抜ける。

「っ、アイチ!」

咄嗟に千影が支えようとしたが、意識のないアイチの体は千影には少し重い。
ふらついた千影がそのまま倒れ込む前に、櫂が二人共を抱え込むように支えた。

「大丈夫か」
「…うん。アイチも気を失ってるだけみたい」
「そうか。長い、長い夢は終わったからな」

櫂の声をこんなに近くで聞くのは久しぶりで千影は少し戸惑いを見せていた。
だが、櫂はそんな千影にもふ、と笑みを見せるだけだ。
そして、全てから解放されたことで張り詰めていた糸が切れたようにアイチは二人の腕の中で静かに眠っていた。
途方もない重責を背負い続けたアイチに千影はただ「お疲れ様」と小さく声をかける。
月の宮は、静かに崩壊し始めていた。もともとアイチが生み出した場所だったのでアイチが必要ないと認識したことで消えるのだろう。
徐々に白んでゆく世界の中で、櫂は千影に一言だけ呟いた。

「おかえり」

と。


[戻る]