whisper
声が聞こえるんです、と少年は言った。
対面にいた千影は目をぱちくりとさせる。
仕事上がりにカードキャピタルへ訪れた千影は手の空いていたアイチと現在ファイト中である。
そんなファイトの最中の告白に千影はカードを弄る手を止めてアイチに視線を送る。
「あ、えっと変ですよね…。なんかユニット達が僕に話しかけてくれてるみたいな感じがあって」
千影の視線に居たたまれなくなったのか、アイチが恥ずかしそうに頬を掻いた。
最初は冗談か何かかと思った千影だったが、アイチの性格上そんな冗談を言うタイプではないと多少の付き合いでわかっている。
何よりに目の前のアイチは真剣な瞳で告げてきたので、嘘と斬り捨ててしまうのも失礼な気がした。
「いいなぁ、私もこの子たちの声が聞こえたらいいのに」
否定から入るよりは、と千影は自分のカード達に触れながら願望を口にする。
今使っているのはぬばたまとかげろうの2クランを混ぜた混成デッキだ。
何故ならぬばたまは単一で組めるほど種類が出ていない。なので、それを補うために大半をかげろうから出張してもらっている状態だ。
それもあってか安定した動きと言うのはほかにクランと比べるとどうしてもうまくいかない。
当然である。そう作られているわけではないのだから。
だから、声が聞こえたらもう少し混成したユニット達を上手く動かすことができるんじゃないかと少し思ったりするのだ。
「…ぬばまたのユニット達からはすごく好かれてるみたいですよ千影さん」
「ほ?」
千影の言葉を聞いてアイチは盤面に並ぶカード達を凝視しながらそう返答した。
思わぬ回答におかしな声が漏れたが、アイチが気を使ってくれたのだろうかと千影は首を傾げる。
と言うか、ぬばまたのユニット達だけなのかと突っ込みたくもなった。かげろうのユニット達はどうした。
「なんていうか、敬っている感じがすごいあります」
「なんで!?え、プレイも大して上手でもないでしょうに!?」
「自分達を大切な存在だとわかっていて導いてくれる。そんな姿がとても心強いって」
「そ、そうなんだ…?」
アイチが告げ続けるユニット達の意見らしきものに千影は困惑するしかない。
実際言っているかはさておいてもやけに自分の評価が高過ぎである。
もともと千影自身、ぬばたまと言うクランに惹かれて始めたヴァンガードではあるがもし本当に彼等からそう思ってもらえているなら嬉しいとは思うのだが、あくまでアイチ曰くなのだ。
否定しないとは言え、だからといって素直に受け入れるのも難しい。
ただ、本当にユニット達がいてアイチの言った通りに思っていてくれるならこれからも頑張ろうとは思えた。
そのあとのファイトはごく普通に進んだので、この話はそのまま流れていった。
千影がPSYクオリアの片鱗を見たのはこれが初めてであった。
*
「我らの先導者(おひいさま)」
聞き覚えのない声と呼ばれ方に千影は目を緩やかに開く。
暗い。漆黒。何処だろう此処は。ああ、だがここは夢の中だ。そう何故かはっきりとそれだけは認識できた。
闇が蠢いた。だが、不思議と怖くはない。
「我らの先導者(おひいさま)」
今度ははっきりと聞こえた。そして闇の中から目がぎょろりと開き千影を見つめていた。
何処かで見覚えがあるのにはっきりとは思い出せないので千影は顔を顰める。
何よりその呼び方などされた事など当然なく、誰かと間違えているのではないかと思った。
「今宵の事はまやかしと思うてくれて構いませぬ。
これから先も我らは先導者として貴女を仰ぐことになるであろう。
望月千影。我らが先導者(おひいさま)。戦いの中で、成長なされよ。我らはそれを共に喜びましょうぞ」
声の主のものであっただろう、千影を見つめていた目は静かに目を閉じて消えていく。
一体何だったのだと混乱しているうちに、目が喋っていた言葉を思い出す。
というかあの目に見覚えがあった気がするのだが。
しかし千影の意識はそこでふつりと途絶えてしまうのだった。
翌日、起きた千影が何気なしに手に取ったカードを見て大きな声を上げるのはまた別の話である。
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