接点を引き寄せろ

「ねえ、また東海林くん千影のことみてない?」
友達の言葉に千影はカズマの方へと視線を向けたが、視線は混じり合うことはなかった。
千影が見た時にカズマはスマートフォンを弄っていたし、千影もそんなわけがないと友達に気のせいじゃんと笑ったのだが「千影、東海林くんと何かあったの?」と別の友達から問われるので千影はただ首をかしげた。
心当たりがあるとしたらこの前のハンドクリームぐらいだろうが、あの時の反応を見る限りそこまで嫌がっていたようにも思えず、千影の疑問は増えるばかりであった。
クラスメイトという関係である望月千影と東海林カズマには互いに持ち寄る話題もなければ、同じグループになることもない。
つまり実質接点ゼロなのである。ハンドクリームの一件以降も会話をしたことはないし、千影としてはハンドクリーム貰ってくれてラッキーありがとうで終わってしまっているので、今更それどうこうという気持ちは当然ない。ただ周りが言うには東海林カズマは望月千影を何かと見ている。
その情報だけが千影に今与えられ続ける情報なのだ。千影としては自分ではなく自分の先の席にいる岡崎クミを見ているんじゃなないかとも思うのだが。
かといって千影としても動くつもりはなかった。実際、何か用があれば嫌でもカズマのほうから接触してくるだろうし、千影としては藪蛇をつつく気にはならないというのが本音である。
つまり、放置安定。もともと何もせずとも気まずくなるような甘酸っぱい関係ですらないのだから、そこに落ち着くのは至極当然であった。
望月千影は東海林カズマの視線に気づかないと言うことにしてしまえば、この高校三年間、何も起きることはないだろうと踏んでいた。



図書室から借りた本を返しに来た千影だったが、次に借りるものを探すために図書室をさ迷っていた。
本を読むのは好きだがこれといってこだわりもなくタイトルに惹かれたもの手にとって考えることが多い。
今もまた脚立を借りて、最上段にある気になった背表を手に取る。
分厚い本の中身はファンタジー小説らしかった。
ぱらぱらとめくり、内容に興味が湧いた千影は小脇に抱えるとぴょんと脚立から飛び降りる。
ふわりと制服のスカートが舞い上がったが誰もいないとタカをくくっていた千影は微塵も気にする様子はない。
とん、と図書室の床に着地してから思いもよらない人物に千影は驚きに目を見開いた。
どのタイミングからいたのか、ちょうど千影の視線の先には東海林カズマがこちらを凝視するように立ち尽くしていた。

「…見た?」

思わず出た言葉はそれだった。
何をと言わずともこのタイミングでいた彼にならばそれで通じるだろうと千影はカズマを見上げる。
その視線に若干たじろぐようにカズマは半歩下がった。

「…何をだよ」

間をあけてからの返答に、千影はどうしたものかと思う。
正直見られて恥ずかしい気持ちはあるがそれを咎めるつもりは当然ない。
飛び降りたの自分の意思だし、周囲の確認を怠ったのが悪いのは重々承知だったからだ。

「まー、いいけどね、別にみられて困るようなのじゃないし」

シラを切るカズマの言葉が優しさからなのかもしれないと、千影は小さくそう呟く。
幸い今日の下着は、淡いピンクの可愛らしいものだったので見られてよかったとまでは言わないにせよ変な下着でなくてよかったとしみじみ思うぐらいだと小脇に抱えた本を胸元へと持ち直す。
一方そんな呟きをしっかりと耳にしていた東海林カズマは、先ほど視界に焼き付いて離れない異性の下着に心臓が痛いほどに強く鼓動を打っていることを目の前の千影に悟られぬよう懸命に押し隠していた。
千影は気のせいだと思っているが、東海林カズマはあの日からずっと望月千影をことある事に眺めていた。
と言うか、自然に視線が向いてしまう。
そしてあの時のぬくもりを、自分の手を褒めた彼女の姿が脳裏をよぎるのだ。
本人に気づかれる前に逸らしてはいるのだが、流石に千影の友人達にはバレているのはカズマ自身も気づいていたので、実際のところ途方にくれていた。
とはいえ、やめられないというの事実でもある。
岡崎クミによってそれが恋だと指摘されてからは尚更の事。
見ないようにしなければとは思うのに、視線は自然と望月千影を追いかける。重傷だった。
とはいえ、現状に関しては本当に偶然である。
親友である新導クロノが宇宙飛行士になりたいなどと言い出したためにカズマが参考資料を探しにきたタイミングで、望月千影の飛び降りるシーンに遭遇したと言うだけなのだが。
不幸にも見えてしまったのは、男性であれば視界に入れる事の少ないであろう淡いピンクはカズマの脳裏に新たなインパクトを与えるには十分すぎる情報量である。

「しょーじは探し物?」

相変わらず間延びする呼び方で千影が尋ねると、カズマは本来の目的を思い出すと、「勉強教えなきゃいけねーやつがいて、ソイツの参考になるようなもん探してた」と告げた。
その言葉に千影は納得し頷きながら口を開いた。

「しょーじ、頭いいもんねえ」

学年トップというわけではないがクラス内でトップに近い成績を持つカズマであれば不思議なことではない。
ただ彼自身が他人に教えるといった雰囲気の持ち主ではなかったというだけで。
そうなるとよく一緒にいる新導クロノあたりが教え子なのかもしれないと千影は思いながら図書室の本棚へと視線を向けた。
図書室は千影にとっての庭のようなものなのでカズマの探しているものであろう所がどこらへんかもわかる。
本来ジャンル分けされている本棚ではあるがピンポイントで欲しいものを探すには若干難がある。

「勉強道具に使うようなものならそこの本棚だと思うよ」

そういって千影が顎をしゃくった先の本棚にカズマも視線を向けると確かに、といった背表紙のタイトルが並んでいた。

「いいなあ。私も誰かに勉強みてもらいたい」

ぽつりと何気なく零れた言葉に意味はなかった。
実際のところ千影自身、勉強自体は平均的で必要とはしていないのだが、誰かに教えてもらうというシチュエーションに憧れたことによる発言だった。
カズマからしてみれば、まるで自分に見てほしいと言われているかのように思えてしまい、思わず「教えてやろうか」と声に出していた。
千影は目をぱちくりとさせたかと思えば「しょーじ、他の子教えてるのに私に教える時間なんてないんじゃない?」と返してくる。
普通であればここで引くべきだったのだと思う。
だが、カズマは望月千影と喋る機会を、逃すまいと「いや、毎日見てるわけじゃねえ。他の奴らと代わる代わる教えてるから別に俺自体は空いてる」と口にする。
できるだけ冷静を装っていったつもりだったが、目の前の千影は本を抱えたまま考えているようで少しの間、沈黙する。
教えてもらえることこしたことはない。
だが、あまりカズマを拘束するわけにもいかないだろうと考えつつも、結果としては自分にプラスになるのならばと、そして意を決したように顔をあげた千影は「じゃあ、しょーじが開いてる曜日どっか一個だけ、私にかして!」とカズマに告げたのだった。



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