ランチタイム

バレンタインデーの日、チョコをクロノくんに渡した。
と言っても半ば強引にだったけど。
いつものようにファイトをして、そろそろ帰る時間になって。
渡せないままで終わるぐらいならと、クロノくんに「はい、チョコ!」って普通に渡した所までは良かった。
まさか、クロノくんが普通に「サンキュ」っていって受け取ってそのまま帰ってしまうなんて。
私の気持ちは伝わっていないのではとしか思えないそのあっさりとした対応に虚しさがこみ上げてくる。
告白の気持ちだと思ってもらえなかったことがあまりにもショックで思わず泣きそうになる気持ちを堪えてデッキをひったくるように仕舞い、キャピタルを後にする。
渡さなきゃよかった。本当になんであんなことしたんだろう。
今の関係を壊したくないならこんなことしなければよかったそう思い始めてしまうと思考がどんどんマイナスへと引っ張られてしまい涙まで零れて。
もう嫌だ、とただ部屋で泣き疲れて眠る。
腫れぼったくなってしまった瞼と泣き疲れた体のダルさにただ溜息しか漏れない。
学校へ行く気力なんてない。母親には「酷い顔ね」と笑われたが何も言わずに休みの連絡を代わりにしてくれたのはありがたかった。
ごろりとベッドにころんで、ただひたすらに天井を見つめる。
見つめてみるようで実際は昨日の事をずっと脳内で繰り返していただけだが。
好きだってちゃんと言うべきだったのだろうか。いやだって、あの場で渡さなかったらきっと、もう渡せなかった。

「う〜〜」

ぐるぐると変わっていく感情と思考に部屋で一人、呻き声をあげた。
意味のない事だ。クロノくんがどう思っているかなんてわからないのに。
それでも何かしらもうちょっとリアクションがあってもよかったんじゃないの。ねぇ。

「クロノくんの馬鹿!!!!!」

そういって私は枕を壁に投げつける。ただの腹いせ。隣のおうちにごめんなさい。でもこの時間はいないだろうから許してほしい。
流石に学校を連続で休むわけにもいかず、重い気持ちのまま登校せざるえなかった。
なんで同じ学校なんだろう。普段喜びを感じるところだと言うのにこんな気持ちではただ落ち込んでいくばかりだ。
女子トイレで頬をぱちんと両手で叩いて、深呼吸。いつも通りに過ごそう、だってクロノくんはそれを望んだんだろうし。チョコの意味をわかっていないだけかもしれないけど。
離れていくことは簡単だけど、きっとそれはもう取り返しのつかない距離になってしまう気がして。私は結局苦しくても、クロノくんと一緒にいることを選んでしまうのだ。

「望月、風邪だって?大丈夫なのかよ」

いつも通りに話しかけてくるクロノくんに、一瞬戸惑ったけど思いなしていつも通りの笑顔を向けて頷いた。

「うん、ちょっとね。熱もすぐ下がったからだいじょーぶ」
「なら帰りにファイトしねぇ?」
「え、…あ、ああごめんね。流石に病み上がりだからまっすぐ帰るように言われてて」
「あ、そうだよなぁ。悪ぃ」
「う、ううん。あの、来週なら大丈夫だから、それからファイトしよ?」
「おう。んじゃ早く元気になれよ〜」

そういってクロノくんはにかっと笑って私の肩を叩いて去っていった。
人の気も知らないで。なんて内心毒づいていると授業のベルが私の意識を切り替えさせる。
そこからはいつも通り。いつも通り学校にいって、キャピタルにいってファイトして。
いつの間にかバレンタインの傷も忘れかけていた頃にやってきてしまうのだ。
ホワイトデーと言う私のかさぶたを引きはがしに。
じくじくと痛む心を隠しながら、ホワイトデーを迎えた。

「今日さえ、終われば、もう気にしなくていいんだから…」

学校へ行く用意をしながら小さく呟いた声は弱弱しい。
行きたくない気持ちが爆発しそうとはいえ、流石に休む理由がない。
こういう時に仮病を使うべきなんだろうけど、お母さんが許してくれたとしても私が苦しいだけ。
それに勉強も遅れてしまうことを考えると気が重くとも行くべきなんだと自分に言い聞かせて一か月前と同じように重い足取りで学校へと向かった。
席について一呼吸。鞄の中から教科書やらなにやらを雑多に突っ込んで、机に腕を乗せて顔を伏せた。
誰も話しかけてくるなオーラと言うやつである。
といってもこんなことをしても周りのホワイトデームード一色。
会話もそれに伴っているわけで、もはや私に逃げ場はなかった。
早く時間が過ぎろとただ時計を呪うだけ。
そんな中、近づくなオーラを出しているのにいつものように近寄ってくる気配があった。
誰だろう。女子ならば正直勘弁してほしい所だ。

「おーい、望月ー寝てんのかー?」

その声に息を詰まらせる。誰でもなく今一番話しかけて欲しくない人ナンバーワンのクロノくんだった。

「…ね、ねてまーす」
「返事してんじゃん」

若干言葉に詰まりながら声だけ返すと、笑ったような声が降ってくる。
あ、その笑った声は好き。だけど今はやめて欲しいなぁ。

「昼、一緒にたべよーぜ」
「…いいよ」

一瞬、断ろうかと思ったけど、やめた。そんな距離あけたって仕方ないのだ。
それにカズマくんとか岡崎さんもいるだろうし。
チャイムがなるとクロノくんは自分の席へと戻っていったらしく、気配が遠ざかった。
先生が来てようやく私は顔をあげる。授業さえ始まってしまえば余計な事考えなくてすむ。
勉強が嫌いじゃないことに感謝するなんて初めてで没頭していった。
チャイムが幾度目かなった頃、お昼を迎えてお財布を握る。
今日はお母さんにお弁当はいらないといっておいたので何もないのだ。
まあ食欲もないしパンかじれればいいかな。とおもって売店に行こうとしたら、クロノくんがそれを引き留めた。

「うわ、ちょ、望月!待てって!」
「え、待ったらパンがなくなっちゃうんだけど…!」
「いいからいいから、ほらいくぞ」
「私のご飯〜〜〜!!」

お財布を握った私の腕を掴むと若干ひきずるように教室を出ていく。
何事なのかと考えても答えはでない。ていうかカズマくんは?岡崎さんは??と問う前に人気の少ない場所までやってきた。
私を先に座らせたかと思えば差し出されたのはお弁当箱。
ああ、なるほど。これがあるからパン買わなくていいってことだったんだ。
でも私別に作ってなんてお願いしてないんだけどなんで?
頭の中にクエスチョンマークばっかりが浮かんでは消えていった。

「あ〜〜この前の…お返し、な。お菓子とかあんま作ったことねぇし、だから代わりにこれ」
「…え、あ…え?」

差し出されたお弁当を手に受け取り、目をぱちぱちとさせながらお弁当箱とクロノくんを顔を交互に見てしまう。
そんな私を見ながらクロノくんは顔を逸らして隣に腰かけた。
お返し…お返しってそれって一か月前の、チョコしか思い当たらないんだけど…。
え、それってつまり。

「もらったとき、すげぇ嬉しかった…。けど、どうしたらいいかわかんなくてさ…。んで、シオンとかトコハにどうしたらいいって聞いたらめちゃくちゃ怒られて、俺なりにちゃんと返そうと思った結果なん、だけどさ。俺も、望月の事、好きだから」

恥ずかしそうながらも真剣にそういってくれるクロノくんの眼差しは優しくて、そんな視線に当てられた私はきっといま体温がぐんぐんとあがっていることだろう。
どうしてもっと早く言ってくれなかったのだとか色々言いたいことはたくさん浮かんでは消えて。

「えと、あの、いただき、ます」

精一杯出せた言葉が、それだけだったけどクロノくんはすっごい嬉しそうな笑顔を見せてくれたからこれだけで十分だと思った。



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