黄昏に望む

放課後の部室。
千影が小説を読む横で、カードを広げるのは雀ヶ森レンその人だ。
デッキの中身を広げているらしく、ありとあらゆる絵柄が並んでいるのは目視しているがそれに対して興味はない。
ただそれがヴァンガードと呼ばれるカードだと言うことは知っていた。
何より目の前の少年がそのカードゲームでは有名人なのだから。
カードを一枚持ちながらレンが千影に向かって声をかけた。

「千影もやりましょーよ?楽しいですよ?」
「…やりませんよ。どうして私を誘うんですか」

いつものやり取りだ。彼の誕生日に関わり合いを持ったあの日から、週に1回程度の頻度で彼は千影しかいなくなった部室へとやってくる。
それを待ちわびる様に部活の後も残ってしまうのは、千影もまたレンがくることを何処かで期待してしまっているのだろう。
つかの間の逢瀬を数度繰り返した頃、レンは千影をヴァンガードに誘うようになった。
最初はからかわれているのだと思っていた千影はすぐに断りをいれたのだがそれ以降もレンの勧誘は変わらずに続いている。

「もちろん僕が千影とファイトがしたいからです」

理由を問えば当然といわんばかりに笑みを浮かべるレンに千影は見惚れそうになった。
だが千影はその笑みに流される気はなく、理由を問えば勿論と言わんばかりにレンはそう口にする。

「初心者の私と戦って何が楽しいんですか…」
「ヴァンガードはイメージ力が大切なんです。
 普段ファンタジー小説を好んで読む千影ならきっとイメージ力も凄いんじゃないかなーと思いまして。だから」
「やりません」

イメージ力。確かにレンの言葉に一理あるのはわかる。
千影は確かに昔からファンタジーの世界が好きだった。
だからのめり込むように小説に読みふけり、今もまだその習慣は変わらずに続いている。
いつか行きたいと小学生の頃には思っていたほどにファンタジーの憧れは強い。
まあ、だからといってヴァンガードへ結びつけるにはいささか強引すぎるとは思うのだが。

「ちぇ…あ、もしやりたくなったら教えてくださいね」
「検討しておきます」
「あ、あと他の誰かと最初にしちゃだめですよ?千影の一番は、僕がもらうんですから」
「誤解を生む言葉を選ばないでください…。雀ヶ森くん」

口先をとがらせて拗ねる様なその様子もまた整っている見た目のせいでかわいらしく見えてしまう。
…顔がいい、というのはそれだけで罪のようなものなのではないかと若干千影は思ってしまうほどだ。
何より彼の声は全てを捨ててもいいほど、魅了されてしまうほどクラクラする時もある。
そんなすべての動揺を腹の底に押し込んで、何事もなかったように千影はレンを窘める。

「レン、ですよ」

めっ、と言わんばかりに人差し指を目の前にぴんと立てて千影にレンは言う。
…名前で呼べと、言うのか。そんなことをできるわけがないだろうと千影は溜息をついて首を振った。

「…駄目です」
「駄目じゃないです、僕がいいって言ってるんですから」
「まず鳴海さんに怒られますし、他の女子の目線が私を殺そうとしてくる未来が見えるんですが」
「二人の時だけでいいです。ね?」

かわいらしく首を傾げてお願いする彼が可愛らしいと思えてしまった千影は目を逸らさずにはいれない。
どうしたら同学年の男子を可愛いだなんて思うのだか、血迷っているとしか思えないレベルだがレンに関しては諦めるべきなのだと千影は小さく息を吐いた。

「ね?じゃないです」
「じゃあ選んでください、ヴァンガードを始めるか僕の事レンって呼ぶかの二択で」
「三番のどちらも拒否します、で」

二択を選ぶ気はなかった。ヴァンガードに興味が全くないわけではないが、この場で始めるにはどうも気乗りしなかったと言うのが大きい。
そして後者はリスクが大きすぎる。呼び慣れてしまって、何かの際にうっかり人前呼んだ日にはどうなることやら。

「むー。千影は手強いですね」
「むしろ雀ヶ森くんは私で遊ばないでください」
「遊んでるように見えます?」
「少なくとも困っている私を見て楽しんではいますよね?」

途中で直視する事ができなくなったとはいえ、レンの瞳がどこか楽し気でそれが全てを物語っていたのを千影は見抜いていた。
千影の言葉に目を瞬かせたあと、レンはぺろりと舌を出して笑う。

「ばれちゃいましたか。でも、僕の事レンって呼んでほしいのも千影と一緒にヴァンガードしたいのも本当ですから、それだけは信じてください」

そういってまたレンは千影の手を取ると、掌に口付ける。
最初に唇を重ねたあの後、あれはなんだったのかと自問自答して結果的に海外式挨拶か、もしくはからかいの類だろうと千影はそう片付けたと言うのに、あの日以来やってきたレンは必ず千影の何処かに口づけを落として去っていくのだ。
まるで忘却を許さないと言われているようで、これは呪いのような口付けだと思いながらその口づけをただ眺めるしかできなかった。



[戻る]