乱気流チェルシー

クロノくんの家に招待されたのは、私が同じクラン使いだったからだ。
それ以上でもそれ以下でもない。私はクロノくんの事が恋愛感情として好きだからちょっと期待している面はあるのは内緒だ。
といってもどうせ、安城さんや綺場くんもいるんだろうなぁとは薄々思っていたのであまり緊張も心構えもせずにクロノくんの家のインターホンを押した。

「はーい、開いてるから入っていいぞー」

インターホンか聞こえるのは聞きなれたクロノくんの声。
開いてるなんて不用心だなぁと思いながらお邪魔します、と呟きながらドアを開けた。

「よー。あがっていいぜ」
「こんにちは、じゃあしつれいしまーす」

そういって靴を脱ごうとして気づいた。あれ?靴、クロノくんと今私のしかない?
…まさかまさか。首を振って二人きりだなんてまさか!と思いながら靴を脱いでクロノくんに案内されるがままにリビングに通してもらった。
やっぱりそこには誰もいなくて。そう、きっとあとからくるんだそうに違いないと自分に言い聞かせながら椅子に腰かけた。

「カード持ってくるから待っててくれ」
「はーい」

クロノくんがそういって自室へと引っ込んでしまった。
元々カードを見せてもらうという話なのだから何も問題はないはず、なんだけど。
辺りをきょろきょろと見回してしまう。だって好きな男の子の家だしどうしても気になる。
確かクロノくんは叔母さんと二人暮らしだったと聞いている。
うーん身近に大人な女性がいるとなるとクロノくんは女性に耐性が強そうだなぁと口をへの字にまげながら部屋を眺めているとクロノくんが自室からカードを持ってきてくれた。

「っと、今うちにはあるのはこれぐらいだな」
「見ても?」
「いいぜ。そのために今日来たんだろ?」
「うん!…そういえば安城さんと綺場くんは?」
「ん?ああ、アイツら今日はそれぞれ予定があるらしいけど、どうかしたか?」
「…う、ううん、なんでもないよ…そっかぁ」

不思議そうに首を傾げるクロノくんに思わずどもって返事を返してしまって少し恥ずかしい。
どうしようどうしよう、二人っきり!?クロノくんの!おうちで!!
あまりにも予測していなかった出来事であちこちと思考が飛んでうまく、カードを眺めることができない。
ううう。駄目駄目。せっかく二人でいるんだからこの機会を大切にしないと!
クロノくんに気づかれないように深呼吸してそのあともアドバイスをもらったりファイトをしたりして時間はあっという間に過ぎていった。

ふと時計に目をやると時刻はもうすぐ18時を回ろうとしていた。そろそろ帰らないと駄目かな。
楽しかった時間はあっという間で名残惜しいけど仕方ないよねと外を見た時、思わず固まる。
だって物凄い風と雨。朝お邪魔する時はすごく晴れてたんだよ!?
なんで!?と思わず窓に張り付いた。

「そーいえば今日、台風だったか?」
「え、うそ!?」
「朝天気予報でいってたぞ」

クロノくんの家にいけることに頭がいっぱいだった私に今日の天気予報なんて耳に入ってくるわけがなかった。
ど、どうしよう。帰れるかな。不安げに外を眺めているとクロノくんが頭を掻きながら口を開く。

「んー。ちょっと様子見ていけよ。流石にこの中帰るのは危ないだろうし」
「う、でもクロノくんに迷惑かけちゃうし」
「別にいーよ。叔母さんも帰ってこねーし。なんなら夕飯作ってやるから食って行けよ」
「…い、いいの!?」

お母さんごめんなさい。娘は好きな人の手料理が食べたいので夕飯を頂くことにします!!
そうと決まればスマートフォンでお母さんにかけると「粗相はしないようにね」と念を押されてOKがでました。
思い出したけど、お母さんには友達の家に遊びにいくとしか言ってなかったからもしかしたら女の子の家と勘違いされてたかもしれないけどいいよね?
そんなわけでクロノくんの手料理をごちそうになることになりました!!
お手伝いさせて、と言ったらじゃあ皿とか用意してくれって言われてお皿を用意したりしてたんだけどクロノくんが料理作ってるのすごい格好いい。
しかもなんだか新婚さんみたいで、ちょっぴり嬉し恥ずかしいなんてね。
クロノくんが作ってくれた料理はすごくおいしくて思わず笑みが零れて、クロノくんが「そんなにうまいか?」って聞いてくるから思いっきり首を縦に振ったらクロノくんが少し恥ずかしそうにしてたのが可愛かった。
後片付けも終わった頃、再び外を覗いてみたら…状況は悪化。
吹き荒れる雨風!!風に飛ばされたあらゆる物体!!
あ、これ外でたら死んじゃう?とリアルに思えるほどに酷いものだった。

「…流石にこの中帰ろうとすんなよ」
「で、でもでも!」

外を真剣に眺めていたら片づけを終えたクロノくんがこっちを呆れたような顔でこちらを見ていた。
そりゃあこの中を帰るのは危ないと思うよ?でも、だってこれを逃したらもう帰ることなんて…。と考えていれば私の考えを読んだようにクロノくんが口を開いた。

「泊まっていけばいいだろ?」
「…え、えええ!?!?」
「叔母さんの服もあるし、別に大丈夫だろ」

そういう問題じゃないと言いたかったけど、この荒れ模様ではどうしようもないのは私でもわかる。
でも!だって!クロノくんの家にお泊り、なんて色々展開が飛びすぎて私の気持ちもついていかない!
といくら嘆いても事態は変わらないので再びお母さんへと連絡すると「危ないからお言葉に甘えなさい。今度お母さん、ちゃんとお礼をしにいくから」と無事許可まで貰ってしまった。

「…あの、そういうわけで一晩だけよろしくおねがいします…」
「おう。んじゃ先に風呂はいっていいぜ。いれといたから」
「えええ!?さ、先に頂くわけには!」
「別にいいぜ。ほら入って来いよ。俺叔母さんの服適当に見繕ってくるからさ」
「ううう。お先に頂きます」
「なんかわかんねーとか必要なものがあったら言ってくれよ」

そういってクロノくんはおそらく叔母さんの寝室へと入っていった。
…キャパシティオーバーすぎる!と嘆きながらもお風呂へと私も向かう。
髪と体を洗い終えるとお湯に体を沈める。
…今思うとこれクロノくんと同じ香りがするってことだよね?
どうしようすごい、あの恥ずかしいんだけど!なんて考えていると声がかかった。

「寝間着代わりに使えそうのおいとくぜー」
「ひゃ、ひゃい!!!ありがとう!!」

ばしゃりと手をわたわたさせながら返事をするとクロノくんはそのままダイニングへと戻っていったようだ。
び、びっくりした…。クロノくんの家なんだから当たり前なんだけど!!
このままだとのぼせてしまいそうだったので早々とお風呂をあがることにした。
そうして置かれた服に再び硬直した。だって、だってこれクロノくんの!!!ジャージじゃん!!!
…どうしよう。どうしようも何もない。だって私の服はクロノくんが洗っといてやるよってすでに洗濯機の中なのだから!!
あああああ、神様仏様メサイア様MYヴァンガードのタイガー様!
どうなってるんですか今日の私の運勢!
どきどきしながらクロノくんのジャージに袖を通す。やっぱり男の子のものだ、少し大きい。
髪の水分をバスタオルで拭き取りながらダイニングへと戻るとクロノくんが音で気づいたのかこちらを向いて一瞬止まった。

「あ、あのさ、これ」
「あ、悪ぃ。お叔母さんのサイズどれもでけーかなって思って、それで、俺の服のほうがサイズまだ合うかと思って、さ」
「う、ううん。貸してくれて、ありがとう。ちょっと大きいぐらいだけどだいじょうぶ…」
「…じゃあ俺も風呂入ってくるから」

こくこくと頷いて見送ると、はーと大きく息を吐いた。
こんなの緊張しないわけがないのに。ついていたテレビを眺めても全然頭に入ってこない。

「…おい、ちゃんと髪乾かさねーと風邪ひくぞ」
「う、ひゃい!ってクロノくんもうあがったの?」
「ああ。別に普通ぐらいじゃねー?」
「き、気づかなかった」

あまりにぼーっとしていたせいでクロノくんがあがってくるまでの時間も全然気づかなかった。
おかげで髪の毛は軽く乾いただけでまだ水分が残っているみたいだ。

「しゃーねーな。ほら、そこ座れ」
「え、なになに?」
「乾かしてやるよ」
「ぴゃっ!?い、いいよ!そんな悪いし!」
「一人でやるより楽だろ?」
「そ、それはそうなんだけど…!」
「ほら座れって」

半ばクロノ君に押し切られる形で私は椅子へとちゃんと腰かける。
ぶおー、と風の音がして髪の毛に当たる感触とクロノくんが梳かしてくれる指の感触にもう色々いっぱいいっぱいだ。
私の髪の毛を梳かしてくれるクロノくんをこの目に収められないのはもったいないなぁと思いながらも気持ちよくてうとうとしてくる。

「…望月ーねるなー」
「あう、だ、だいじょうぶ」
「ったく。ほら終わったから」
「…ありがとーくろのくん」

かちりと電源の音を切った音と共に風がなくなった。クロノくんの指も離れていってちょっと寂しい。
ふるふると首を振って眠気を飛ばそうとするがどうにも緊張状態が続いていた私の体は限界のようだ。

「すげー眠そうだな。ほらこっち、叔母さんのベッド貸すからこっち」
「ううー。ごめんね、なにからなにまで…」
「いーって。この家に誰かが泊まるなんてあんまりねーしな」

案内された部屋はいかにも女性らしい部屋で、素敵だなぁと思ったけれど眠気には勝てずに見知らぬ叔母さまのベッドへと潜りこむ。

「んじゃ、おやすみ」
「ふぁーい、おやすみなさい…」

本当はもっといっぱい話しかったなぁ、なんて思いながら私の意識は睡魔に負けてしまうのだった。



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