君が居る距離と空間

急に降り始めた雨。
櫂はキャピタル内からその様子を気にしながらいつ店を出ようかと機会を伺っていた。
バタバタとかけて店に飛び込んでくる彼女がくるまでは。

「っ、はぁー!ありえない…」

その言葉と共にかけこんできた彼女は先ほどの雨に降られてぽたぽたと水滴を滴らせていた。

「あ、櫂。ごめんバッグは濡れてないからちょっと見ててもらっていい?」

櫂の視線に気づいた千影は櫂を見ると濡れないように抱えてきたバッグを机の上におくと出入り口にあるマットの上に立ち、千影は濡れた服の裾をぎゅ、っと絞る。
ぼたぼたと水がしたたり落ちた。それだけで雨の量がわかるほどだ。
千影の黒い髪からもぽたり、ぽたりと水滴が落ちていけば当然胸元の服に染みて徐々に彼女の身体に張り付く。
それが酷く目に毒だと櫂は溜息をつくと、自分の羽織っていた黒いコートを脱げば千影に投げつけた。

「っ、びっくりした。櫂、これ濡れちゃうからいいよ」

唐突に降ってきたコートに驚きながらも千影は受け取ったが、さすがに人の服まで濡らすわけにはいかない。
返すと櫂に渡そうとするが櫂は「いいから言うことを聞け。風邪をひかれる方が困る」と一歩も引かなかった。
しかし千影もそこまでしてもらうわけにはと引くわけにもいかず。
痺れを切らしたように櫂が千影の手から渡したコートを少々乱暴にひったくったかと思いきや強引に千影の肩にかけてしまう。

「いい加減にしろ。人の好意ぐらいに素直に受け取れ」

ぎらりと睨まれてしまえば、千影も「…はい」としか言えなかった。
かけられたコートのおかげで体温が逃げずにすむのだが、いかんせん櫂の香りに包まれているのがひどく落ち着かないというか、むずがゆさを感じてしまうがそれは口にするのもどうかと思い黙った。
飛び込んできた時にシンさんが気づいていたようで家からタオルを貸し出してくれたので髪の水分をふき取る。
伸ばしに伸ばしているこの長い髪は雨を吸ってしまうと重みがすごいのだ。
家に帰ったらちゃんとケアしなければと溜息をついた。

「貸せ」

短い言葉に何かと思えば、千影の手にあったタオルを手に取ると櫂が千影の髪を丁寧に拭き始める。
櫂が気を利かせてしてくれるならそれでもいいかと、千影はそのまま大人しく受け入れた。
いつもと違うキャピタルでの過ごし方に少し、不思議な感覚と感情を織り交ぜながら時間は過ぎていく。
しばらくして雨は夕立だったようで晴れ間を覗かせる空に二人で外へと出た。
「ちゃんと、洗ってすぐ返すから」と千影が言えば「ああ」と櫂が返すのだった。



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