恋愛パレット
いつものようにキャピタルに足を運ぶと、目に入ったのは櫂とアイチの二人がファイトしている姿だった。
取り巻きといってしまうと失礼だが、いつものメンバーは店長代理とシンさんを覗いて他には誰もいなくて二人は本気で二人の世界で戦っているのが千影にも見て取れた。
疎外感。それを感じてしまうがそんなもの今更じゃないと千影は少し離れた席について観戦の体勢取る。
櫂の瞳は今目の前にいる好敵手しか映していない。
あの焼き尽くされるような焔を宿した緑色の瞳が格好いいと思っているし、その瞳に今自分が写っていないことが少し不満を感じていることにハッとした。
私、アイチに嫉妬している?と自問自答してみたが、答えはイエスしかない。
気を紛らわせようとカードを触っていた手が止まる。
櫂が自分を好いてくれる気持ちは痛いほど知っている。それでも千影はその距離を詰めたくなかった。
何より歳の差を考えてみろと冷静に囁く自分が煩かったから。
恋人として付き合うようになってこうやって外から櫂を見る機会は久しぶりで、だから。
――――――――自分がどれだけ櫂トシキを好きかを今更思い知らされている。
それを自覚した瞬間ぶわりと熱があがった気がしてカードを握ってた両手で口元を隠すように覆う。
今、自分の頬が赤いのがバレないように隠すために。
よくよく考えれば千影はもうとっくの昔から櫂トシキに恋をしていた。そしてそれは今も現在進行形だ。
でなければ、リンクジョーカーの騒動が自分の心を動かさないわけもないしレギオンメイトの一件も。
過去の記憶を思い出して考えれば考えるだけ千影の恥ずかしい気持ちが沸きあがっていた。
もうだめだ、こんな思考のまま今すぐ櫂とまともに顔を合わせて喋れるわけがない。
千影はそっと自分の顔を覆っていた手を離して素早くデッキを鞄へとしまう。
恋愛初心者と言うわけでもではないのに、なんでこんな恥ずかしい感情を抱えているのかわけがわからない。
一目散に鞄を掴んで席を立てば足早に店の出口へと進める。
アイチと櫂を横目で見てみれば櫂と一瞬視線が絡む。
ドクン、また身体の熱があがっていく感覚。その瞳の焔に千影は溶かされてしまいそうだと想いつつ、その視線を振り切るように扉を押して足早にキャピタルを出た。
一方で声をかけようと思った矢先に足早に去っていた千影を見ていたは櫂は首を傾げた。
「櫂くん、千影さんと何かあったの?」
ファイトをしながらアイチも不思議そうにまた首を傾げた。
「いや。ヴァンガードでアタック」
「追いかけなくていいの?インターセプト!」
「…アイチすまないが」
「ううん、大丈夫、今度続きやろう?」
「ああ、すまないな」
「櫂くん、千影さん泣かせちゃだめだからね!」
そういって送り出してくれるアイチに感謝しながら櫂はデッキを片付けるとすぐさまキャピタルと出た。
何処にいった?あの様子だと家に帰るというわけでもなさそうだったが。
手間のかかる年上だと櫂は小さく口元に弧を描いて駆け出す。
ようやくこの手に収まってくれたと言うのに、また逃げ出されてはかなわない。
何処に居ても見つけ出す。かの、レギオンメイトの時のように必ず。
闇雲に走り出して、ようやく足を止めた。
はぁ、はぁ、と息が荒い。
思っていた以上に走っていたようで、普段いかないような街並みに気づいたのはついさっきだ。
いい歳した大人がいったい何をしているんだろうと、頭を抱えたくなったがこれぐらいが火照った頬を冷やすには今はちょうどいい。
ふと目に入った公園のベンチに腰をかけた。
かといって何かをする気にもならなくて、空を眺めていた。青空と雲が穏やかな季節を知らせている。
コートのポケットにいれていたスマートフォンがぶるぶると着信を知らせていた。
このタイミング的にかけてくるのはただ一人だろう。確認しなくてもわかる。
今、まともに喋れるかも不安だったが心配もかけても仕方ないと首を振って観念するようにポケットからスマートフォンを取り出した。深呼吸。
指をスライドさせて通話を開始した。
「…はい」
「どこにいる」
低い声が電話越しなのに酷く千影の耳に響いた。きゅーっと心が締め付けられる。
学生の頃にしたような気持ちだった。初々しいったらありゃしないと自分自身が突っ込みをいれてくるのが煩い。
「…千影?」
返事の来ない様子に櫂は再び声をかけてくる。
「…ごめん、今まだ外にいるから」
返事を考えてようやくでた言葉がそれだった。
「迎えに行くからそこにいろ」
「え、いい、いいから、ね?また明日以降に会おう?」
「動くなよ」
ぷつり、そういって電話は切れてしまった。
違う、今はただ一人にして欲しいのにどうしてこんなことに?
千影は通話の切れたスマートフォンをただ見つめるだけしかできなかった。
今、櫂は自分を探して走っているのだろうか。会いたくないのに、会いたい。
センチメンタルすぎる自分が若干気持ち悪くもあるがたまにはいいだろうと納得させて。
そんな矛盾した気持ちを抱えて夕日は沈んでいく。素直に電話して会いに行けばいいだけなのに。
でも心のどこかで迎えにきてくれることを期待している自分がいる。
「どれぐらい待ってていいものなのかな」
返事を必要としない言葉が公園に消えた。待つ間にすることなんてなかった。
でも気が付つけば自分のデッキを握っていてそのデッキには今でも櫂が選んでくれたカードが入っている。
ああ、ここにちゃんと愛おしい気持ちがある。
――――――――――――すきだなぁ、と自然に口から零れて。
その瞬間。デッキを握った手を自分よりも大きな手が重ねられて千影はその手はもう誰だかわかっていた。
本当に見つけられてしまった。恥ずかしさも何よりもただ自分を求めてくれる彼にどうしようもない気持ちがこみ上げる。
見上げれば見慣れた緑色の瞳とミルクティーのような優しい茶色い髪色をした青年。
もう逃げないし、逃げる事はできない。選んだのも選ばれたのは自分だから。
「帰ったらちゃんと聞かせてもらうぞ」
「!?き、きこえて、たの」
「さあな」
普段そういった言葉を口にしない千影の気持ちをここぞばかりに聞きたいと言わんばかりににやりと笑って櫂は千影の手を引いて歩く。
本当に言うまで櫂に離してはもらえないだろうと千影は思いながらもはにかむのだった。
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