傷心ハイレイン

「…貴女は、弱すぎる。僕はもっと強い人と戦いたいんです」
「…そ、っか。ごめんね?」

瞳の奥でどろりと濁りを帯びたアイチは残酷にもそう告げた。
己の弱さは知っていたがいざ、仲の良かった子に言われてしまえばもう、どうしようもなかった。
ああ、もう今日はファイトしたい気分でもなくなってしまった。
相棒であるデッキを握りしめ、若干足取りが重いままキャピタルの出入り口へと向かう。

「あれ?千影さんもう帰るんですか?さっき来たばっかりじゃないですか〜」
「あ、え…ちょっと急用を、思い出して!」
「もしかしてお仕事、ですか?無理しないでくださいね〜」
「…はい。じゃあ」
「はーい、また明日〜」

自動ドアをでて、千影は小さく息を吐きだす。その息は重い。
しばらくは足を運べないだろうとわだかまりを感じながら千影は自宅へと足を向けた。
その背を見送っていたシンは千影の様子の変化には無論気づいてはいたが、おそらく自分が声をかけても本音を吐露してくれることはないのだろうとシンはどうしたものかと頭を抱えていた。
そうして数分経ってから櫂がキャピタルへと入ってきた所にちょうどいいとばかりに声をかけたのだ。

「あ、いらっしゃーい、櫂くん先ほど千影さんにお会いしませんでしたか?」
「…望月?いや…。どうかしたのか」
「さっきいらしたばっかりだったんですけど、すぐに帰ってしまいまして…その時の様子が何やら思い詰めてるみたいだったんです」
「…俺とは関係ないだろう」

シンの言葉に櫂は一瞬思案したものの、関係ないと言わんばかりにファイトスペースへと向かおうとしたが、シンが更に言葉をつづけた。

「はい、ただ一つ気になるのがアイチくんと一回ファイトしてから、だったもので」
「…アイチと?」
「…お願いします。櫂くん。千影さんのこと見てきてもらえませんか?」

櫂は何か思うところがあったのか踵を返し、店の外へと駆けだす。
その背にシンは託すしかなかった。
櫂は走る。千影の自宅は知らないが、道中を共にしたことはあるのでおそらくこの道で間違ってはいないはずだ。
最近のアイチがおかしいのは櫂も気づいていた。かつての級友であるレンを思い出すかのような言動が増えているのは気にかかっていたとはいえ、まさか親しくしていた千影にまでその片鱗を見せたのか。
それを確かめるためにも駆けているうちに、小さな背と黒髪が足を泊めて空を仰いでいるのが見えた。
――――――――その姿が、一瞬泣いているように見えて櫂は慌てて声をかけた。

帰路につく歩く千影の足取りは重い。ただ思考を埋めるのは、アイチの言葉。
弱い人とは戦いたくないと実質言われたようなものだった。
まともにショックを受けて、とぼとぼと帰路についているのも惨めなものだと苦笑する。
もともと年の離れた自分が彼らと共に遊んでいたことが間違いだったとは千影もわかってはいた。
それでも共に過ごした時間が楽しくて、つい甘えてしまっていたのかもしれない。
もやもやとした感情がこみ上げてきて思わず空を仰いだ瞬間、聞きなれた声に呼ばれて慌てて振り向いた。

「望月ッ!」
「あ、れ櫂?」
「っはぁ…お前、アイチに何を言われた?」
「っ…!」

息を整えながら櫂は千影の確信を突く質問を投げかける。
まさか櫂からそれを聞かれるとは思わなかった千影は何でもないと装う前に驚きの表情が出てしまう。
本当ならここでなんでもないとシラをきってしまえば櫂もこれ以上追及はしなかっただろうに。

「やはり何か言われたのか」
「…う。まあ、うん…」

誤魔化すにはすでに遅すぎると千影はしぶしぶ頷くと櫂の視線が鋭さを増した。
どちらに怒っているのか区別はつかなかった。アイチに対してなのか、弱かった千影自身なのか。
何にせよ年下から逃げ出したいと言う気持ちが胸中を埋め尽くしていた。

「…詳しく聞かせてもらうぞ」
「だよね…」

着いて来いと、言われて結局公園のベンチで二人腰かけている。
櫂が自分を気にかけてくれてることに関しては喜ばしいとは思うが、これ以上は。
距離が、詰まりすぎて、割り切れなくなりそうだなんて
一方の櫂トシキは、いつも通りでない千影の様子に困惑するばかりだった。
最初見つけた時の表情が、忘れられない。
胸の中で名前の付け難い気持ちが、生まれていることには見ない振りをした。
だから櫂トシキは彼女が口を開くまでただ静かに待つ。
逃してくれないと理解している彼女は渋々と言った様子で口を開いた。

「キャピタルに、いって。アイチがいたから話しかけようとしたんだけど、アイチからファイトしましょう、って言われて」
「それでファイトに負けたのか」
「…うん、それで貴女は弱すぎる、って言われちゃってさあ。
 もっと強い人と戦いたかったんだなぁって思うとなんだか、ね」

いつものように笑おうとして悲し気に笑うことしかできない彼女に、櫂の胸は痛む。
そんな風に笑うな。いつものように楽しそうに笑う姿のほうが、似合う。
だが自分には彼女を笑わせてやるすべなど持ち合わせていなかった。
自分ができることは一つだ。

「望月、デッキを出せ」
「んん?いいけどなんで」
「ファイトするぞ」
「っ、なんで!?」
「ファイトすればわかる」
「…肉体言語みたいなこと言ってるのわかってるかなぁ!?」

櫂の提案にまったくわけがわからないまま千影は近くにあったファイトテーブルの前に立っていた。
正直気乗りはしなかった。負けて、挙句の果てに弱いからもう遊びたくないと言われてしまえばいくら成人済みの千影とは言え心が折れないわけではないのだ。
それでも櫂なりに何か考えがあるのだろうとデッキをファイトテーブルにセットした。

「「スタンドアップ(THE)ヴァンガード!」」

それでも挑まれた以上、やるからには全力だ。
ぐ、と気合いをいれなおし千影は手札と盤面を見つめる。
その様子に櫂は思ったよりも彼女がヴァンガードファイトを嫌いになっていないようで安心していた。
些細な出来事でやめてしまうことは誰でもある。櫂はそんな人間を見たことがある。
だからこそ彼女にはそんな気持ちで遠ざかってほしくないとも思った。
しかし、ファイトするからには全力で、だ。
盤面はあれよあれよと進み、互いにダメージ5で止まっていた。

「ヴァンガードにアタック」
「ガード」

千影のアタック宣言に櫂の出したガード値はギリギリのライン。
手札を確実に削っていたおかげで櫂はこれ以上のガードを切る気はないようだ。

「っ。トリガー、二枚引けば」
「ああ、お前の勝ちだ」

ドキドキする。ヴァンガードのこういう瞬間が好きだったんだと思い出してきゅ、と唇を噛み締めてデッキの一枚目に手を伸ばした。

「…トリガーチェック。一枚目!ドロートリガー。1枚ドロー。パワーはヴァンガードに。
 二枚目、ドロー。―――――――――クリティカルトリガー!全てヴァンガードに!!」
「!、ダメージチェック。ヒールトリガー!パワーはオーバーロードに。二枚目…ノートリガー。俺の負けだ」
「…え、あれ、え、櫂、手加減して…?」
「俺がそんなことするように見えるのか?」
「…だ、って」
「間違いなくお前の実力だ。不安定さもあるが、けしてお前とそのデッキは決して弱くはない。自信を持て」
「っ」

櫂の言葉に辛かった気持ちが一気に四散した。
誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。
でも今目の前にいる少年に言われる事ほど信頼のある言葉もないだろうと千影はデッキを胸に抱きしめて微笑んだ。

「ありがとう!櫂」
「俺はこのままキャピタルへいく」

その微笑みに一瞬見惚れてしまった。それに気づかれぬよう櫂はふい、と千影から顔を背ける。

「ん。私はこのまま帰るけど、また明日キャピタルで」
「ああ、また明日」

櫂の様子に特に気づかない千影は櫂の言葉に頷き約束をした。
互いに生まれた感情を隠して、物語は次へと進む。



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