忘却アリス

ブラスターブレードの背に小さく、こちらを覗く着物をきた少女は瞳に涙を称えこちらを見ていた。
見かけないたしか、ぬばたまのザシキヒメだったか。しかしアイチはぬばたまを使った記憶もない。
ならばなぜそのザシキヒメはブラスターブレードと共にいるのか、理解できないまま櫂は夢から覚めた。
多少の違和感を残したまま。物語は動き出した、少年を取り戻すために。―――女は忘却の彼方のまま。

アイチを探し始めた櫂が辿り着いたのはPSYと呼ばれる店だった。
そこで出会ったのは白い軍服のような衣類を纏ったアイチよりも明るめな青髪の少年。
彼はオリビエ・ガイヤールそう名乗り、櫂を止めるためファイトを始めた。
しかし櫂はその力に及ばず敗北し、膝をつく。

「…櫂トシキ、お前はアイチさんの事しか言わないんだな」
「何?」
「いや、そんなお前ではけしてアイチさん達を救うことなどできないさ」
「おい、待て、アイチ"達"とは一体!」

ジャッジメントのダメージが残る櫂にはその言葉を問い詰めるすべはなく青い炎に包まれて消えるガイヤールの姿を見送ることしかできなかった。
ガイヤールの言葉の意味を何回も反復させてみたがその答えに辿り着くことはできないまま、ふらつきながらもPSYを出た。
自分ですら忘れている人物が他にいると言うのか。しかしメイト達がその誰かを思い出している素振りはない。
アイチと共にいる以上それが大切な人物であることには違いないはずなのに、頭の中はアイチの事以外は真っ白だった。

「…ただいま戻りました。アイチさん、…千影さん」

眠る二人の結界前にガイヤールは恭しく頭を下げる。無論返事をするものはいない。
二人が穏やかに眠り続けるために自分達はいるのだ。
しかしあまりにも現実は非情で残酷だ。櫂トシキと出会い、ファイトをしたことでさらにその想いは強まった。
彼がアイチのことを覚えていたことには評価をするが、彼らの仲間も含め誰一人として望月 千影と言う女性の話を出すことはない。
それが当然だとはいえ、あまりにも報われない彼女が払い続ける代償にガイヤールはぎりぎりと手に爪を喰い込ませた。
だからこそ、メイトと口にする奴らを許すことができない。
先導アイチを忘れることのないメイトと呼ぶのに、メイトだったはずの女性を誰一人思い出さないまま闘い続けるのだから。

「けして、この封印を解かせることはさせません。僕らカトルナイツが必ずお二人の眠りをお守り致します」

そういってガイヤールは騎士の証である指輪に口付けた。
眠りにつく世界ではせめて穏やかであれと祈りながら。
ガイヤールの中にある、アイチと千影は光なのだ。リンクジョーカーの一件を救い、なおその身を持って世界に平和をもたらそうとするアイチ。そしてその存在を持ってして、己を封印するアイチを支えるために共に運命をすると決めた千影。
自分達の平和を守るために二人の男女がその身を犠牲に置いている現実は誰にだって理解しがたいものだとしても自分達カトルナイツだけは彼らの意思を尊重し守り抜こうと誓うのだ。

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彼らには欠けている。それが誰かとはけして口にはしないが。再びアイチの件で尋ねてきた件でバトルをすることになったレンは自分のデッキをシャッフルしながら飄々と考える。
望月千影と言う女性の名前は誰一人として出ない。そんなものか、と少しがっかりしている自分もいた。

「お前が何かを知っていてもおかしくはない。いくらとぼけても誤魔化しはきかない」
「こわいこわい…。」
「カトルナイツの連中、アイチに関して知っていることを話してもらうぞ!」
「君は僕がそのカトルナイツの一員だといいたいんですか?」
「いや、お前はガイヤール達とはまた違う雰囲気を感じさせている。だからこそこのファイトに勝ち、話してもらうぞレン!」
「野生の勘ですか〜相変わらず侮れないですね〜。だからこそ負けたくないんですよ。櫂。君に欠けてるものがある限り」
「…どういうことだ。だが、俺はどれほどの強敵であろうと、けして揺らぐことはない!」

意味を含めたレンの言葉にひっかかりを感じながら櫂はそれでも真っ直ぐにレンへと戦いを挑む。
そして、櫂の手札からコールされたブラスターブレードにレンは表情を変えた。
その変化に気づいた櫂は確信してしまうだろう。少なくともアイチに関しては。
ただ、そこから先にいるはずの彼女の存在を櫂は引き寄せることはできない。

「絆とやらを疑っているんですよ。絆って、互いで結ぶもじゃないですか。片側から結べるものなんですかね?君のその想いは本当に正しいのでしょうか?僕はそれが確かめたいんです。」

彼女を思い出せずに振り回すその絆とやらが本当に正しいのかレンは知りたかった。
アイチだけを思い出すその強さは確かにメイトを思う強い気持ちだろう。

「それに、君の想いは熱すぎる。時に君の想いは人を焼き尽くしてしまう。なのに君はまたこうやって新たな戦いを引き起こそうとしている。ならば君の正義を断ち切るのが僕にとっての正義です。」

にっこりと笑みを浮かべて告げると、櫂は己自身の過去を思い出しているのか悲し気に目を伏せた。
彼女を思い出さないままアイチだけを助けようとするなんてムシが良すぎるのだ。
レンはだからこそその想いを断ち切ってやろうと思った。
そんな簡単に忘れてしまえるのなら助ける必要などないだろうと。
しかし、勝敗はレンの敗北だった。まさか櫂トシキと言う男がここまで変わるとは思っていなかったことが喜ばしい誤算でもある。
やれやれと笑みを浮かべながらレンは一枚の画像をタブレットに表示させる。

「僕には僕の約束があります。だから、"彼ら"の事を詳しく話すことはできません。ただ一つだけ教えましょう。そこへいってみるといい」
「…ガイヤールも、お前も何故、複数形でアイチを呼ぶ」
「…さあ、そんなこといいましたっけ?」
「レン…」
「言ったでしょう?僕には僕の約束があるんです。その場所に行ってみて君が何を見て何を判断するのか、僕はそれを楽しみにしてますよ」

一瞬でもいい、思い出してください。アイチくんだけじゃなくて、君が愛していた女性(ひと)を。
そんな願いを込めてレンはその場からふらりと離れていく。
ようやく手に入れた手掛かりに喜ぶ中、櫂だけ一瞬訝し気な表情を見せていた。
別の人間が口にする複数形。それが偶然だとは櫂にはどうしても思えない。
アイチではない誰かがやはりいるであろうことは確信に近い。
しかし、どうやっても思い出すことはできない。ここまで綺麗に忘れる事ができるものだろうか。
だが今はようやく手に入れた手がかりを伝っていくしかないのだと櫂は自分に言い聞かせた。

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レンのヒントを手繰りよせるようについたのは、遺跡のような跡地だった。
床には見慣れたヴァンガードサークル。そしてそこから現れたのはカトルナイツであるオリビエ・ガイヤールその人。
戦いを挑もうと構えた櫂達よりも先に石田がガイヤールへと戦いを挑んだ。

「メイト?友情?そんなものを超えた運命を、あの方々は、アイチさんたちは背負っている。君たちは邪魔な存在なんだ」
「なんといわれようが、俺達はお前達を倒してアイチと、俺達が忘れているもう一人も取り戻して見せる!」

櫂の言葉にミサキ達がざわついた。もう一人、忘れている?誰を?思い出せない、と口々に呟く。
しかし櫂がこの場で嘘をつくわけもない。何よりガイヤールの形相は怒りの炎を強くしている。
思い出せない先導アイチではない誰か。それは確かにいるのだと確信している。

「カトルナイツであるガイヤール、そしてレン。その二人が複数形でアイチを呼ぶ。それならば、俺達の忘れているもう一人がいると考えるのが普通だろう。」
「ふん…我らカトルナイツはあの方々を守る騎士だ。貴様等に情報を与えることになってもあのお二人を別々に扱うことなどできないからな」

櫂の推理にガイヤールは当然だと言わんばかりの声音で返答した。
そうしてようやくここにきて、ミサキ達は理解する。本当にもう一人いるのだと。
ガイヤールと石田の戦いは石田の敗北で終わりを迎える。ジャッジメントを下された石田は苦痛の声をあげ膝をついた。
支えるようによりそうミサキ達と共に櫂がデッキを構えるが、それを止める様に現れたコーリンの登場に、再び櫂達は驚きを隠せない。
しかし何よりもガイヤールが登場したコーリンにかけた言葉だ。
「アイチさん達のお傍に」と言った。つまりそれは彼女は確かに記憶を持ち、アイチ達の傍にいると言う事。

「お前は知っているのか。アイチ、達の居場所を知っているのか」
「っ…貴方がそれを知る必要はない。」

櫂の区切られた言葉にコーリンは一瞬悲し気な表情を見せた。
その理由はおそらく、もう一人を彼女は知っているのだろう。
だからこそ、知るためにファイトで確かめなくてはならない。
しかしコーリンの表情は飄々としたままだ。最初の悲しげな表情ですら幻だったかのように。
相手をするといったコーリンとファイトをするため櫂はデッキをセットした。
ガイヤールの力により、プリズンへと切り替わる。
そうして気づいた。彼女が握っているのは、アイチと共に握っていたロイヤルパラディンではなくリンクジョーカーだということに。
その力がどれだけ危険か彼女が一番知っているはずなのに、どうしてと口々にする仲間にコーリンは静かに答える。
自分はリバースしたわけでもなく、己の意思でリンクジョーカーを使っているのだと。
櫂は知っている。リバースした人間と己の意思を持ってリンクジョーカーが使う差を。間違いなくコーリンはかつての自分と同じ後者なのだと。
だが櫂達にもここでコーリンを、ガイヤールを逃してしまえばアイチ達への道は断たれてしまうのと変わらない。
どれだけ止められることになっても、この細い糸を手放すことはできないと櫂はシークメイトで呼び出したブラスターブレードと視線を合わせ頷く。

「それでも俺達の歩みを止めさせはしないッ!いこう、ブラスターブレード。アイチ達を助けるために!」

「貴方はさっき言ったわね。どんな犠牲を払おうとアイチ達を救いたいと。けど、アイチ達は望んではいない!
 それでも…知りたいなら教えてあげる。貴方達の言う犠牲をアイチ達は望んでいないだけじゃなく助け出そうとしていること自体をアイチ達は望んではいない。これまでの事をすべては、人々が記憶を無くした事。カトルナイツが貴方達を阻止しようとしたこと。その全ては他でもないアイチ達の意思!」

「「「「「!?」」」」」

「見せてあげる。アイチ達の真実の姿を!」

コーリンの言葉に、プリズンによって生み出されていた世界は一遍する。
そこは静かで、白く冷たい。困惑する中、聞きなれた声に全員が身体を向けた
かすかに見える椅子に座るアイチの姿…そして隣にこちらに背を向けて寄り添うように肘掛けに身体をもたれさせている黒い髪と姿が見えた。
彼女がガイヤール達の言って居た自分達のもう一人の、メイトであるはずの女だろう。
しかしその姿を目視しても誰も彼女との記憶も名前すらも、蘇ることはなかった。

『みんな…。僕達はもうみんなにあいたくないんだ。僕たちの事を忘れて、二度と僕達のことを助け出さないで、見つけ出そうとしないでほしい。静かに、させてほしい。誰にも知られることなく。このまま。』
「何故だ!!」
『僕は…ううん…僕達は、あいたくないんだ。さようなら…みんな』
「アイチ、待て!」

頭に響くようなそのアイチの声は拒絶しか呟かない。間違いなく彼は先導アイチだと櫂は確信する。
だからこそ困惑した。何故と、理由も教えてくれぬまま。
そして彼女の声すらも聞かぬまま見えていたビジョンは消えた。

「あれが、アイチの気持ち。それを聞き届けて欲しい。できないというのなら…アイチの、アイチ達の願いを聞けないと言うならば私はこの一撃を加えるしかない。自分では決めきれないと言うのなら、その想い、全て断ち切ってあげるわ。そうでなければ、アイチもあの子も…悲しすぎる」

これ以上つらい決断をしたアイチと千影を悲しませたくはない。
だからこそ共にいるのはカトルナイツと自分だけでいい、とコーリンは思い、最後のアタックを櫂に決める。
ダメージは6。ヒールトリガーもなく、櫂トシキの敗北が決定した。
コーリンは決めていた。敗北した櫂への代償はただ一つ。

「彼にはいるべき場所へ還ってもらう。ブラスターブレード。
 貴方のいる場所はあそこじゃない。その魂を同じくする唯一の場所へ還りなさい。そして、共に二人を見守ってあげて」

コーリンの声音は櫂達に向けていた先ほどまでの冷たさは消え、優しく温かい。
誰もが間違いなく彼女は自分達の知っている立凪コーリンなのだと理解できるほどに。

「二度とアイチを、アイチ達を求めないで。」

その声を最後にコーリンとガイヤールはその場から消え失せ、ヴァンガードサークルが刻まれた石板にひびが入る。
サークルすらも共に何もなかったかのようにただの石に戻ってしまった。
取り残された櫂達は縋るように手を伸ばしたが、すでに何も残らないその場はただの広場に成り果てて取り残されただけだ。

あの一件の後。
石田の提案で特訓をしてもらうために蒼龍レオンの元へ訪れたが櫂の気持ちは晴れないままだった。
がむしゃらにファイトをする石田達を横目に櫂の心は疑問と自分のしてきたことが間違っていたのかと自問自答を繰り返す。
拒絶するアイチの意思、そして思い出せない一人のメイト、失ったブラスターブレード。
アイチの選択、そして共にある女の意思も何もわからない。
それでも強烈に焼き付いた。その背と長く降ろされた黒髪が忘れる事ができずにいる、そして思い出せない自分への苛立ち。
シャーリン達の手により何度も頭を物理的に冷やせと言われ、少しずつ考えを整理をできてはいるがそれでも迷いは断ち切れずにいた。

(ちゃーんと考えればわかるよ。櫂が一番アイチの事わかってるんだから)
「――――――――っ!?」

そんな時だ。一瞬脳裏をよぎった声と言葉に覚えがあるのにそれが誰だかわからない。
それが彼女だと言うことはわかったが、顔も名前もやはり思い出すことはできないまま。
だが確かに自分を押すその声に櫂は頷き、本来使っていた己のデッキを握りしめて決意する。
レオン達の力を経て、ようやく自分の意思を貫くと決めた。アイチ、そして自分を奮い立たせようとした彼女を思い出し取り戻すために。

一方でレオンは己のデッキを眺めながら思い出す。
先導アイチと望月千影が訪れた日、風は止んでいた。
唐突な訪問に謝罪をしながら切り出された話に驚き、そして悲しみを抱いたのは昨日の事のように思い出す。
あまりにもその悲しい決断にレオンは受け入れることはできず、拒んだ。
先導アイチはその返事に、静かに瞳を伏せごめんねと呟いてレオンの前から先に立ち去った。
レオンが俯いていれば優しく頭を撫でられた感覚に顔をあげてみれば、望月千影の姿がそこにあった。
困ったような表情で笑っている。そんな顔をするなら何故先導アイチを止めないのだと口にしたかった。

「…望月、お前はどうして先導と共にいる」
「私が望んだから。アイチが一人で背負うと言うなら、せめて私ぐらいはその重荷を少しだけでも抱えてあげなきゃ。アイチだけが、全てを背負ってしまう。そんなの私が許さない。だからせめて、その時までは私がアイチを支えようと思ったの」
「お前は、お前の風に従っているのか。…ならば、止めることはできないのだな」
「そうだよ。ありがとね、レオン。そしてごめんなさい。」

レンとレオンの二人はアイチを忘れることを望まなかった。
あくまで中立あるために、自分達のことを喋らないようにとアイチに口止めされて。
封印が施されてから気づいたのは望月 千影という女性の記憶もまた、彼らから消えてしまっていたこと。
おそらく彼女は先導アイチと共にいる影響なのだろう。
それはまた一つ悲しい決断だったのだとレオンは知っている。

「ファイトだ、レオン」

回想の中、現実に戻された声に顔をあげれば風が戻ってくると共に櫂トシキがそこに立っていた。
だが遠くない未来に彼らは取り戻すだろう。先導アイチと望月千影を。
この新しい風はきっと二人に届くはずだと信じて。


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