決断アレグロ
崩れ行くリンクジョーカーの輪。黒い欠片が一つアイチへと吸い込またような気がした。
その時はまだ気のせいだとは思っていたのだが。
リンクジョーカーの一件から事態は収束し、平穏へと戻った。
千影自身もそう信じて日々を過ごしていた。櫂への返事を抱えながら。
アイチの表情が時々優れないような気がして一歩引いた場所からその様子を伺う。
キャピタルメンバーがそれぞれファイトを楽しむ中、ふらりとアイチは店を出る。
荷物を置いたままだから飲み物でも買うのだろうと誰もが気にはしていなかった。
しかし千影は握っていたデッキからひらりと、一枚カードがまるで吸い寄せられるようにキャピタルのドアへと舞うのに焦り、地面に落ちる直前で掴んでみればそれはグレード3「千本太刀の忍鬼 オボロザクラ」だった。
何かに導かれているような気がして、アイチの後を追うように店を出る。
辺りを見回すと店のすぐ傍の路地でアイチが苦しむのが見えて慌ててかけよれば胸を押さえて息を荒くしていた。
「アイチ!?」
「うあ…、だ、め、です、千影、さん…!?」
「もしかして…!あの日からずっと…?アイチ、お願い。どうしたの?話して?」
「…っ、だめ、です…巻き込んじゃ…」
「誰も言うなと言うならそうする。私とアイチだけの秘密にするから、お願い一人で抱え込まないで。こんなアイチを見て私はほおっておくことは、できない…。」
「っ」
黒い欠片がアイチに宿ったあの日。錯覚かと思ったがどうやらそうではなかったようで千影は苦しむアイチの身体を抱えて支える。
汗がびっしょりとしていて、その苦痛に顔を歪めていた。
アイチは小さく息を吐くと、途切れ途切れに話し始める。
あの日、倒した立凪タクトもとい、虚無(ヴォイド)と呼ばれたその存在から生み出された種子(シード)。
それはリンクジョーカーの力を秘めた種子だと言う。それが今アイチの身体に眠っているのだと。
このままだとアイチ自身リバースファイターになり、その宿主に勝った相手に憑りつき、その宿主が誰かに敗れればその相手に憑りつく。
無限に、増殖し続ける。まるでウィルスのように人を媒介し、感染し続ける。
宿主が勝てば勝つほどシードの侵食は進み最終的にはリンクジョーカーの化身と化してしまうのだと言う。
だからアイチはどうしたらいいかずっと考えていたらしい。
定期的に暴れ出そうとするリンクジョーカーの力。それを堪えながらアイチは答えを導き出した。
宿主になった人間ごと封じ込める事が最善策だと。つまり、アイチ自身を封じると言うこと。
「…これは世界にあっちゃいけないもの、だから…僕は、これを持っていきます」
「待って、それじゃあ、アイチが…!それに他に方法を探しても!」
「方法を考えてる、時間も、多分ないんです。あの日から大した時間も立っていないのに日に日に僕の中の力が強くなっていくのが、わかるんです…。だから…っ!僕が、僕でなくなるまえに!」
「…私に、できることは、ない?」
「…みんなには、内緒にしててください。心配、かけたくないから。」
「でも、封印をするには」
「はい、だから世界の各地へいこうと思います。強いファイターに僕の封印を守ってもらうために…」
「…私も、付き添うよ」
「そんな、駄目です!」
「だってアイチ一人で海外なんて心配だろうし親御さんになんて説明するの?」
「う、それは…なんとか…」
「一緒に、行かせて。大人なんだから些細な責任ぐらい私に任しちゃえばいいんだから」
「っ、はい。ありが、とう、ございます」
話がまとまり、数日後アイチと共に海外へと旅立つことになった。
仕事を休むため強引に有給を使いきったがいいだろう。どうせ、何に使うかも決まっていなかったのだ。
一瞬休み明けの仕事の量に頭を抱えそうになったが、それはそれだろう。
遠くなる地面をアイチと窓から眺める。再び帰る日は、もうないのかもしれないとアイチは思っているのだろうか。
そっと手を重ねて、一人じゃないよと口にすればアイチは静かに悲し気に頷いた。
巡るうちに気づいたのは千影が圧倒的に英語が苦手だと言うこと。
アイチがとても英語が堪能だと言うことだった。現地の会話はすでにアイチにまかせきりだ。
単語は聞き取れるが流石に喋るのは難しかった。
「アイチ、そういえば宮地だし頭いいんだった…」
現地の人間と話すアイチを遠巻きに見つめながら千影ぼやく。
こんなことなら英語の勉強ちゃんとしとけばよかったと言ったところで意味がないのだが。
スマートフォンのおかげで疎通はなんとか取れるので現代さまさまだと安堵はしているけれど。
「千影さーん、こっちみたいです!」
「はーい、今いく!」
手を振るアイチは笑顔だ。その笑顔が失われるのだと思えば悲しみが胸を軋ませた。
だからといって千影にはPSYクオリアも何もありはしないからこそ、封印ではない未来を示すことができない。
千影に今できる事はアイチを一人にしないことが精一杯だ。
ヨーロッパサーキットのチャンピオンであるオリビエ・ガイヤールにまず会いにいくことになった。
リンクジョーカーのせいでヴァンガードをすることが怖くなった孤児院の子供たち。
アイチと千影はそんな子供たちに再び楽しかったあの気持ちを思い出してもらうためにファイトをすることにした。
「なんだかんだいってアイチとやるの久しぶりじゃない?」
「そういえば、そうですね。」
「「スタンドアップ!ヴァンガード!」」
二人の掛け声に孤児院の子供たちがそわそわと周りに集まり始めた。
アイチにかなうほど強くはなくても、プレイするのこと楽しさを思い出してくれればと千影はファイトを進行する。
ダメージ5まで追い詰めたものの、決めきることのできなかった千影が敗北したと同時に二人の周りの子供たちが押し寄せるように話しかけてきた。
残念ながらアイチはその言葉がわかっているようだが、千影にはさっぱりで困惑するばかりだ。
どうやらファイトしてほしいらしいと言うことはわかったが言葉が通じないのでどうしたものかと思案しているとオリビエ・ガイヤールその人が孤児院へと戻ってくるのであった。幸い彼には日本語の心得があったらしく千影とのコミュニケーションも問題はなく進んだ。
そこから孤児院育ちの彼がリンクジョーカーの一件でどれだけ辛かったかと言う話を耳にしてしまうと世界中であの力があらゆる人間を苦しめていたのだと実感する。
そして、その力また訪れた平穏を壊そうとひたひたと足音を立て始めているのだ。
だからアイチは決意し、彼に封印を守る騎士「カトルナイツ」になって欲しいと声をかけているのを耳にしながら千影は青い空を見つめる。
その日の夜。ガイヤール達が泊まっていって欲しいと言うのでその言葉に甘えアイチと共に一泊させてもらうことになった。
部屋に入るとベットが離れて二つ。アイチと同室だった。最初アイチは戸惑っていたが、今更ガイヤール達に無理を言うわけにもいかず渋々頷いた。
と言うものの千影がこっそりとガイヤールにお願いしたのだが。
アイチが一人で何処かにいってしまわないように同じの部屋にしてほしいと。
年下の男の子には酷かもなぁと千影は内心思いつつも、どうしてもアイチを一人に置いておくことができない。
「っ!」
「アイチ…っ!」
ベットに座ったアイチが苦し気に表情を歪めた。持っていた荷物を放り投げて千影はアイチへ駆け寄ると赤と黒の混じるオーラがアイチから小さく湧き出ているのが目視できた。
「だい、じょうぶ、です…。まだ…!」
「ごめんね、何もできなくて…!」
口惜しい。苦しんでいる彼の傍にいてやることしかできない。
千影の謝罪にアイチは首を振って苦し気にしながらも笑みを浮かべた。
ひらりと千影の鞄からカードが二人の足元へと落ちる。
アイチがそのカードに手を伸ばすと、驚いたような表情を見せる。
あの時と同じ「千本太刀の忍鬼 オボロザクラ」そのカードだった。
「だめだ。それは、だめだよ!だってそんなことしたら…!」
「どうしたのアイチ…?」
「クレイも、僕の封印に、力を、貸してくれると。だけど、それには…千影さんの力が…必要で…」
「私…?」
「えと、手、握ってもいいですか…?」
「ん」
「僕と一緒に、イメージしてください」
アイチの言葉に目を瞑るといつかみた、世界。それは惑星クレイだった。
目の前には見慣れたユニットである千本太刀の忍鬼 オボロザクラ。
そしてその隣にはアイチの分身であるブラスターブレードが控えていた。
『我らが先導者(おひいさま)。お目にかかるのは二度目だろうか。我ら、ぬばたまに伝わる封印についてお教えしよう』
二度目とはいえイメージの世界でつながるクレイには驚きを隠せない。
オボロザクラの言葉を理解するために真剣に耳を傾けた。
説明が終わると、アイチが手を離す。目を開けば先ほど変わらない室内が映る。
「…わかった。私が二つの世界の間を繋ぐために、必要なのね」
「駄目です、だってそうしたら千影さんまで…!」
「アイチ。封印はしなくてはいけないんでしょ?」
アイチ自身の中に入り込んでしまったリンクジョーカーのシードをその宿した身体ごと封印するためにぬばたまユニットの力を借りる必要がある。そして、リバースしたことのないプレイヤーであり、かつてアイチのPSYクオリアを通じて絆を結んだことがある千影を触媒として使うことでその封印を強固に維持することができるのだと言う。
その言葉に困惑はしたが、選べる選択肢など実質ないと言われたのだと理解できる。
そして、少年一人に全てを投げられるほど千影は非情にはなれなかった。
「…っ、はい」
「その封印が簡単に解けちゃ、ダメだと思わない?」
「だけどそれで千影さんを、犠牲にしてまで…!」
「私はね、アイチが一人で封印されるのも嫌だけど、リンクジョーカーがまた復活してアイチがみんなをリバースさせたり、そのために誰かが傷ついたりするのも、嫌だな」
「っ」
千影の言葉にアイチは言葉を詰まらせた。アイチがこの道を選んだのは千影の言った言葉が現実にならないためだ。
だからこそ千影は受け入れようと思った。きっとキャピタルでいつものようにファイトしているメンバーを思い浮かべればなおさら。
触媒になることで、全ての人間から自分との記憶も消えるのだと言われた時一瞬、揺らいでしまったが。
自分を好いてくれる櫂の気持ちに答えてやれる日は、もうこない。その事実に痛みと悲しみを感じたが口に出さずに呑み込んだ。
だが、アイチを一人で抱え込ませることのほうが天秤にかけた時重いと感じた。
櫂の中の罪が消えるわけではないがそれでも彼が罪悪感で潰れてしまうより笑ってくれるならそれもいいんじゃないかと千影は口元に笑みを浮かべて視線を戻すとアイチに声をかけた。
「封印しよう。私の、いいえぬばまたの力が必要ならばもうそれは偶然じゃなくて必然。
そのために私はここにいたんだと思う」
「っ、ごめん、なさい」
「ううん、アイチひとりに背負わせることにならならくてよかった。大丈夫、一人じゃないよ」
「ひっ、く、ごめんなさい。千影さん、ごめん、櫂くん…!」
まだ高校生になったばかりの幼い少年に世界の全てを背負わせるのはあまりにも酷だ。
涙を流すアイチを優しく撫でる。カトルナイツを集めなくてはならない。封印を確かに、より強固に。
全ての段取りは揃った。カトルナイツが封印の前で二人を見送る。
多少の懸念はあるがそれでもこれだけ多重にかけられたギミックを解くことはできないだろう。
封印の儀式を行う、聖域である「月の宮」でアイチは椅子に腰かける。
その椅子に寄り添うように千影は腰を下ろした。
互いに視線を合わせて頷く。
「さよなら、私を愛した人。どうか…」
その先の言葉を告げる事なく、シードを抱えた少年とクレイに選ばれた女は世界からその存在を消した。
己の罪を償いを続ける少年を一人残して。
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