精市が次の連休に観に行こうと俺を誘った映画は、何年か前に出版されてそれなりに話題になった小説を原作にしたものだった。だが、確か精市はその映画化に渋い顔をしていたはずだ。いやそもそも、あの小説は精市の趣味に合わないものだったと思う。俺も一応読んだが、そこまで話題になるほどの作品ではないと思っていた。映画を観ようと言われても正直あまり気が進まないのだが、精市が俺を誘う理由には興味があった。

「精市はあれの隠れファンだったか?」
「ううん、全然。内容ほとんど覚えてないけどたいして面白くなかったことは覚えてる」
「ああ、俺もそんなところだ」
「だよね」

でもさ、と精市は心なしか声を低くして続ける。低い割に楽しそうな響きではあったが。

「なんか真田がやたらあれを褒めてたんだ」
「珍しいな」
「だろ?でさ、聞いたんだよ今度実写化されるの知ってる?って」
「ふむ」
「そしたらあいつすごい嬉しそうにしちゃって、よかったら一緒に観に行かないかって」
「なるほど」
「妙なテンションの真田とふたり映画ってちょっとキツいだろ?」
「それで俺を誘ったと」
「うん。この気持ち、蓮二なら分かってくれるだろ」

ていうか蓮二が来ないなら俺行かないけどそれじゃあ真田が気の毒だから蓮二だけでも行ってやってくれよ、と一通り支離滅裂に話した精市は気が済んだらしく、満足げに俺を見た。

「…駅前に、値段は高いが味もなかなかと噂のたい焼き屋ができたな」
「あーあれ高いくせにまずいからやめた方がいいよ」
「嘘をつけ。昨日、一匹200円するだけのことはあるとか言っていたじゃないか」
「だって部活の後におごるとなると丸井とか赤也までくっついてくるだろ」

この調子で精市はさらにいくつか不平を言ったが俺は結局承諾し、たい焼き一匹で買収された。部活帰りに買いに行くのは嫌だとごねられたので、仕方なくそのままたい焼き屋に赴く。道中、例の小説のあらすじを思い出しながら、一体弦一郎はあの小説のどこが気に入ったのかを二人で話し合った。






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いつもいつも、古ぼけて茶色くなったような重い本ばかり読む真田が、今日は珍しく軽くて綺麗な文庫本を読んでいた。鞄から取り出してみると、去年か一昨年に少し人気が出た小説の文庫版だった。この小説、当時なんとなく装丁が気に入って買ったまではよかったが、内容としては可もなく不可もなく、結局今の今まで家の本棚に放置したことすら忘れていた。俺の知らないうちに文庫化されていたらしい。これを真田が…?

「幸村、何をしている」
「あ、真田…これ、俺も読んだことあるよ」

それからの真田はなんだか変だった。俺がこれを読んだと知るやいなや目を輝かせて、主人公の言動と心情の変化がうんぬんとか終盤までの段階的な盛り上がりがたまらんとか、どうも真田はこの小説を相当気に入っているらしい。最初は面白半分に話を聞いていたが、いよいよ白熱してくる真田に今さら「読んだけど正直微妙だった」とは言えず、いや普段の俺ならそれくらいどうということもないのだけれど、今日に限っては真田がずいぶん楽しそうにしていたからさすがに気の毒だと思ったのだ。いつもと違うテンションの真田を遮り辛かったのもある。ただこの調子で話し続けられても困るので、俺からも話を振ってみた。

「ねえ真田、これ、今度映画やるの知ってる?」

これがまた失敗と言わざるを得なかった。俺は、どうせ頭の固い真田のことだから実写化にいい顔はしないだろうと当然のように考えていた。そこで勢いを失った真田の隙にすかさずつけこみ話を違う方向へ引っ張ろうという魂胆だったのだが、

「本当か?俳優は誰だ?」
「……えっ、」
「主演するのは、何という俳優なんだ」
「…えーと…最近よくCMに出てる…」

意外に食いついてきた。予想外だ。これはたぶん、真田が変な方向に積極的になって最後まで突っ走るパターンだ。傍から見る分には愉快で仕方ない光景だが、自分が巻き込まれるとなると話は別になる。主演のパッとしない俳優の名前が思い出せないふりをしながら、俺は蓮二に助けを求める(もとい、巻き込む)計画を立てはじめた。

真田は態度に出さないようにしているが、どうもヒロインの再現率を気にしているらしい。ようやく少しだけおもしろくなってきた。





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この小説を柳生に勧められ、暇つぶし程度の軽い気持ちで読み始めた過去の己には喝を入れてやりたい。
当初は、普段俺が読むような物とは趣向が違う作品だと思い若干侮っていた。が、読み始め暫くすると物語に深く引き込まれていた自分に気づいたのだ。その独特の世界観は瞬く間に俺を魅了した。一見奇抜なようでいて日常に肉迫し、中盤から終盤へは有無を言わせぬ怒濤の展開で読者を翻弄する。作家の技術には感服せざるを得なかった。登場人物もそれぞれ個性的で魅力的だ。幸村に実写映画化の話を聞いた時には柄にもなく興奮してしまった。

同じく愛読者だという蓮二も加わり、俺たちは公開初日に映画館を訪れた。周囲に座る他の観客も期待に胸を膨らませている様子が見てとれる。俺たちは蓮二がインターネットで手配した席についた。三席ずつ縦に並んだ列の後ろから三番目だ。奥に詰めた蓮二が座席を開けながら言う。

「すまない二人とも、だが三人分の座席が固まって取れるのはここぐらいしかなかったんだ」
「構わないよ、いい席じゃないか。これぐらい下がって見た方が楽な気がするし」

普段はあまり後ろの席に座ると文句を言う幸村も、今日は機嫌が良いらしい。それだけ幸村も楽しみにしているということだろう。まもなく照明が落ち、スクリーンに予告編が映し出された。





「あー、その、蓮二」

上映が終わり、再び明るくなった館内で目を瞬かせていると幸村がばつが悪そうな声を出した。

「ん、…なんだ」

蓮二もそれに合わせたように気まずそうな顔で返事をする。

「俺たち、舐めてたね」
「ああ、そうだな」

舐めていた?この映画をか?

「すごいおもしろかった。もう一回観たいぐらいだ」
「その通りだな。いい映画だった」

果たして、映画は期待以上の出来だったらしい。

「真田ごめん、俺たち、その…実はあんまり楽しみにしてなかったんだ」
「…そ、そうだったのか」
「でも間違ってたよ。小説はともかく、映画は最高だった」
「全くだ」

熱く語りはじめた二人の後ろについて歩きながら、俺は呆気にとられていた。俺個人としてはこの映画、なんとも物足りなくもどかしいものに思えて仕方なかったのだ。主人公は物語の細部に殆ど踏み込まず、俺が原作の中で最も気に入っている場面は飛ばされてしまっていた。役者の演技は悪くなかったが、俺の想像したイメージとは異なって不自然なようにも思えた。物語の展開も単調で盛り上がりに欠け、幸村がつまらないと言って機嫌を悪くしたりはしないかと危惧したほどだ。結局それは杞憂に終わった訳だが、しかし、納得がいかない。むしろ幸村と蓮二は、この映画のどこが気に入ったのだろうか。それに今、幸村は「小説はともかく」とか言ったか?……



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