習慣とは、良くも悪くも問答無用で正確なものだ。今日は日曜だというのに、いつもと同じ時間に目を覚ましてしまった。無論、目覚ましの設定は解除済みだ。俺が一週間ぶりの二度寝を楽しもうと目を閉じ、静かに眠りに落ちていくと、思いだしたように枕元の携帯が振動した。薄目を開けて画面を確認すると、赤也からだった。

「もしもし」
「あ、柳さん?おはようございます」
「おはよう」
「あの、もしかして今日朝練休みっスか?誰もいないんスけど」
「……今日は何曜日だ?赤也」
「え、今日……」

一拍おいて、赤也の呻きとも悪態ともつかない声が聞こえた。

「やってしまったことは仕方ない、おとなしく帰って寝直したらどうだ」
「そりゃ、さっきまですげー眠かったっスけど…もう目ぇ覚めちゃったし……」
「帰らないのか?」
「せっかく来たんで、壁打ちだけでもやっときます」
「そうか」

赤也は殆ど独り言のように電話口でぼやき続ける。遅刻すると思って走ったとか、昨日アラームを解除しておけばよかったとかいう内容だ。怒りをどこにもぶつけようがないのだろう。その鬱憤を練習で発散してくれるといいと思った。しかしそうは言っても、昨日もなかなかに過酷な練習メニューをこなして疲れきっているであろう赤也には同情を禁じえない。

「練習に付き合ってやってもいいが」
「え、まじスか!じゃあ待ってます、朝マックして」
「朝食はまだなのか?」
「今日絶対遅刻すると思ったんで、あきらめました」
「まったく…」

朝食を摂らないことで起こる様々な生活への悪影響について、俺がつらつらと語り始めると「後で直接聞きます」と乱暴に電話を切られた。二度寝を邪魔され、図らずも眠気まで飛ばされてしまったこちらとしては最低でもあと三十分は控えめに詰ってやりたかったが、流石に大人気ないと思い忘れることにした。
あまり待たせても悪いと思ったが、未だ多少残る眠気に身を任せてのろのろと身支度をする。昨晩眠気に抗えず見送ってしまったデータ整理を今日中に済ませようと思い、ノートを二冊鞄に入れ家を出た。赤也はもう何か口に入れただろうか。





「おはようございます、早いっスね柳さん、さすが」
「世辞はいい」
「せじ?」

顔を合わせて開口一番に説教の続きを始めるなんて今時弦一郎すらやるかどうか怪しいと思い、朝食の件は忘れてやったが、このやり取りには予想外に閉口した。「お世辞」なら分かるらしい。こちらとしては余計に訳が分からないが、これ以上説明しても時間の無駄だろう。

「柳さんは食って来ました?」
「いや、俺もここで食べよう」
「じゃあ、これどうぞ」

割引券かと思って手に取ると無料券だった。意外だ。赤也がその計画性のない性格のおかげで年中金欠病にかかっていることはよく知っている。放課後はいつも金が無いだのおごってほしいだのと言って、少しでも出費を減らそうとしているのが常だ。こんな良い券を人にやる余裕などあるはずがない。にも拘らず、赤也はこの無料券を俺にくれると言う。

「こないだもらったの忘れてて、今見つけたんスよ」
「いいのか?」
「はい、どうぞ」
「俺はお前ほど貧乏でもないぞ?」
「まあまあ、先輩のせっかくの休み俺が潰しちゃったんで、その罪滅ぼしっつーか」
「俺は自分の意志でここに来たんだ赤也、気を使わなくていい」

赤也は少し眉間に皺を寄せ、困った様子で曖昧に笑った。この微妙な笑顔には弱い。あと一言か二言、この顔で言われれば俺はいとも簡単に陥落してしまうだろう。同時に、たかだか薄っぺらな紙片一枚に向きになる自分の滑稽さに気付きはっとした。

「ね、柳さん、そんな遠慮しないで、軽くもらってくださいよ」
「……ああ、そうだな」

では有難く、と言いかけて赤也の目を見返すと、中にやや満足気な色がちらついていた。眉を下げ、尻尾でも振らんばかりの無為な笑顔を作る。あとで代わりに何かおごってもらおうという魂胆が透けて見えたが、甘んじてその計画に騙されるのも悪くないと思った。



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