隣町の廃校舎にはどうやら何かいるらしい、という噂を聞きつけてきたのは日吉だった。一度でいいからこの目で幽霊を見てみたいんです、と語るその目は珍しく好奇心に輝いていて、いつもこんな顔をしているような後輩だったらどんなに扱いやすいだろうと思った。ところが「俺幽霊とかそういうの無理だから。無理無理」と聞く耳を持たない岳人のせいで日吉はあからさまに不機嫌になり、代わりに俺が話を聞いてやったのが事の始まりだった。

「で、その転校生のなんとかちゃんが化けて出るようになってしもうたん?」
「はい、たぶん今もあの廃校舎で道連れを探して…って忍足さん、本当に興味あるんですか」
「いやー、まあ、なあ、はは」
「…今度行ってみようと思ってるんですけど、来ますか」
「え」
「興味あるんですよね」
「…はい、あります」

怖いなら誰か一緒に連れてきてもいいですよ、とニヤニヤしている日吉に今さら引っ込みもつかず、誰か誘っておくわと返したら背中にいやな汗が流れた。会話の一部始終を聞いていた部室内のメンバーは誰も俺と目を合わせてくれなくなった。唯一鳳は「がんばってくださいね!」と言ってお守りを渡してくれたが学業成就のお守りを貰ってもたいした心の支えにはならない。ツッコミ待ちか?



「ちゅー訳で跡部、お前ぐらいしかもう頼られへんねん」
「…情けねえ奴だな」
「ええから」
「日吉がいるならいいじゃねえか」
「日吉は霊的なモンに自ら進んで会いに行くんやで!俺も日吉の仲間やと思われたらどないすんねん」

じゃあお前は日吉のなんなんだよ、と苦笑いする跡部は他にも二言三言俺に言ってから、 「それ、肝だめしってやつだよな」と確認すると何事も経験だとか言って承諾してくれた。



『俺は先に行ってます』という素っ気ないメールが日吉から届いたのは待ち合わせより15分前、俺がびくびくしながら歩いている途中だった。外車から颯爽と降りてきた跡部に伝えると「あいつ一人で大丈夫なのか?」と驚いていたが、もうどこから突っ込めばいいのか分からなかった。仕方なく跡部と二人、いかにもという雰囲気の廃校舎に忍びこむ。日吉はどこからどうやって入ったのか分からなかったから、俺たちはまず侵入するのに苦労した。

「で、俺たちはどうすりゃいいんだ」
「日吉が中で合流しようみたいなこと言っとった」
「それだけでいいのか」
「他に何すんねん」

お祓い…と言いかけた跡部を遮って俺は「日吉くーーーん!」と声をあげた。やっぱり無理にでも岳人とか宍戸を連れてくればよかったと後悔しても遅すぎる。とにかく日吉を見つけてさっさと帰りたい。幸いまだ日は沈みきっていなかった。とりあえず二階に上がって、問題の霊がいたらしい教室に入った。

「…誰もいねーな」
「おったらあかんて」
「つまんねえだろうが」
「あ、あほ!そんなん聞かれたら寄ってきてまうやろ!」

教室を出て二階をざっと見回ったが案の定、何もいなかった。早く日吉を見つけたい。俺は仕方なく三階に上がろうと階段に足をかけた。跡部は俺よりニ、三段先を上っていく。

「ん、」

跡部が踊り場の上を見て足を止めた。俺はついに幽霊のおでましかと背中をおもいきりぞわぞわさせて身構えた。

「忍足、」

跡部が振り向いたとたんに出した右足が、がくんと段を踏み外した。俺はとっさに跡部を支えたが、バランスを保ちきれずに一番下まで落ちた。たいした段数ではなかったが足首に変な体重のかけ方をしてしまったのと、尻餅が単純に痛かった。俺の肩に手を置いて、大丈夫か、と覗きこむ跡部の声はあまりにもしおれていて、聞いたことのないその声に思わず笑ってしまった。

「なんで笑ってんだよ」
「いや、心配し過ぎやって」

跡部は眉間に皺を寄せたまま俺の顔をじっと見て、「本当か?立てるか?」と同じ声色で言う。

「それよりこんなとこで立ち止まっとるんが怖いわ」
「まだ怖がってんのか、情けねぇ」
「それよりさっきのなんやったん」
「ああ、今そこに…」

痛みで麻痺した恐怖心を忘れて見上げると、カメラを首から下げた日吉が立っていた。

「大丈夫ですか、忍足さん」
「日吉…」
「何やってるんですかまったく…立てますか?」

たいした捻挫じゃないと言っても聞かず、両側から肩を貸してくる跡部と日吉は二人ともばつの悪い顔をしていた。日吉は「すみません、俺が誘わなければ忍足さんが呪われることもなかったのに…」と恐ろしいことを言うし、跡部は「いい神社を探してやる」とか真剣な顔をするしで、俺はもう二度と心霊スポットになんか行かないと心に決めた。

何日かして、日吉が丁寧に菓子折りを持ってきたのには驚いた。そして跡部が有名な神社の神主さんを呼んできたのには驚くどころか一周回って逆に冷静になった。正座する跡部と日吉の間で一緒にお祓いをしてもらいながら、俺はまだどこかから「ドッキリ」と書かれたプラカードを持った人とカメラが出てくるんじゃないかと疑っていた。





跡部をかばって怪我する忍足


木葉さん、大変遅くなって申し訳ありませんでした・・・!いつも応援ありがとうございます。氷帝でお話を書くのは初めてに近い試みでしたので、至らない点はたくさんあるかと思いますが・・・ご希望に沿えていればうれしいです。



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