赤也の快復は普通よりも遅かった。医者も首を傾げている。本人はそんなことも知らずに、今日も治りの遅い足腰に根気強く付き合って辛いリハビリを繰り返す。日暮れには一日の成果を報告しようと俺を待って、今日も勝手に成仏しなかった俺を見ると安心して眠る。ある晩、うなされている赤也を揺り動かし目を覚まさせると「部長、ずっと一緒にいてください」と寝ぼけた口調で訴えた。

俺が死んでいなければ、死ぬほど心苦しいとでも言いたかった。赤也の快復が遅いのは俺のせいだ。赤也は生きているのに、死んだ俺に執着するから、そして俺も赤也に執着しているから。きっと俺はまだどこかで赤也と同じになりたいと願ってしまっている。今の俺は死神と言った方がいいのかもしれないな、つぶやいても笑えなかった。
あの時、赤也の泣き顔に負けなければよかった。強い口調で、お前はここにいちゃいけない、俺の方に来ちゃいけない、それだけ言って背中を押してやればよかった。いやそれよりもっと前、寂しいだの悲しいだの言ってうじうじと未練を引きずらず、さっさと成仏すればよかったんだ。
赤也はもう俺に頼らず、自分の気合いと根性で立ち上がるべきだ。それだけのものを持っているから、俺の後輩は。俺はこれ以上ここに留まってはいられない、これ以上の邪魔はできない。別れはいつだって耐え難いけれど、久しぶりにみんなと話せて嬉しかったし、わだかまりもなくなったことだし、今なら心置きなく旅立てそうな気がする。
さよならだ、赤也。












「赤也、ただいま」

部長が俺の病室に帰ってくるのはいつも日が暮れてからだった。俺は窓の外でだんだん暗くなっていく景色を見ながら部長の帰りを今か今かと待ち続けて、日が暮れてからはもしかして俺に黙って成仏したんじゃないかとびくびくしながら、それでも待ち続けるしかなかった。

「ちょっと遅くなったね、ごめん」
「いや、別に、いいっすよ」

今日も帰ってきてくれる部長の優しさにいつまでもすがっていたかった。部長がずっと一緒にいてくれれば、生きていようと死んでいようと関係ないなんてひどいことを思っていた。もちろん、そんなことは無理だって、俺が目を覚ました瞬間から分かっていたけれど。

「リハビリは進んでる?」
「あ、はい、今日もけっこう歩けたんすよ!」
「へえ、じゃあそろそろかな」
「え、なにが……ですか、」
「はは、おもしろい顔」

俺の顔がちっともおもしろくないのは分かっていた。俺は、次に部長が言いだしそうな言葉を想像することすら怖くてできないはずのに、顔には気持ちがまざまざと表れていたんだろうと思う。

「そろそろ、なんだと思う?」
「…」
「素直じゃないね」
「…あ…あの」
「そろそろ帰ろうかなあ、って」

部長は俺の隣に座って、すっかり暗くなった外に目を向けていた。俺は自分がこんなに涙もろいとは思わなかった。部長がもう一度俺の前からいなくなる、わかりきっていたことなのに改めて言われると我慢できなかった。俺は部長の腕を掴んで、むせながら「行かないでください」と言ってしまった。部長は俺を見つめてしばらく黙ってから、ゆっくり話しはじめた。

「赤也、この前最初に俺が言ったこと覚えてる?」
「え……す…ストップ」
「その次。いつもみんなのこと見てたから寂しくなかったって」
「あ、はい」
「それだよ。俺、これからもちゃんとみんなのこと、見てるから」

だから寂しいなんて言うなよ。部長は、自分だって泣いているくせに俺の泣き顔を笑いながら、頭を撫でてきた。撫でられるのは子ども扱いされているみたいで嫌いだった、けど、撫でてくれた部長の手は温かくて優しくて、やっぱり嫌いじゃないかもしれない。

「でもそれじゃ部長は」
「俺の心配してくれるんだ?やっぱり赤也っていいやつだね」
「そ、そうじゃなくて…」
「俺はもう寂しくないと思う。みんなに会えたし、言い残したことも言えたし」
「…」
「でも赤也のことはまだちょっと心配かな」

俺がいなくてもやっていけるかい、と部長が静かに聞いた。卑怯だと思った。そんなふうに聞かれたたら、いいえなんて言えない。どうせまたさよならしなきゃいけないなら、部長には何も思い残してほしくない、俺の心配をさせたまま行かせるなんて絶対に嫌だ。

「大丈夫、です」
「そう?」
「…はい」
「うん、いい返事だ」

部長は立ち上がって何歩か歩いてから病室のドアに手をかけて、昔と同じに、そしていつものように、手を振った。俺がかすれた声でありがとうございましたと言うと、部長は「それ、俺が先に言おうと思ってたのに」と言って笑った。

「じゃあまた、赤也。ありがとう」

部長がドアを閉めてからすぐ、俺はベッドから降りて半分這うように病室の外に出た。でももう廊下に部長はいない。涙が止まらなかった。止めようとも思わなかった。








「蓮二、行ってやってくれ。赤也が泣いてる」
「そうか、赤也はまた泣いたか」
「意外と泣き虫だよね、赤也は」
「お前が死んでからだ」
「…ああ、そう」
「だが赤也なら大丈夫だろう」
「うん、俺もそう思う」
「…精市」
「何?」
「………いや、なんでもない」
「そんな顔で赤也のところ行くなよ、余計に泣かせる」
「お前も幽霊の癖に泣いてばかりじゃないか、少しは幽霊らしくしろ」
「だって赤也が、…蓮二が、行かないでって泣くからさ」







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