幸村が死んでから、俺は幸村をコピーできなくなった。もちろん不謹慎だというのはさすがに分かっていたから、最初は誰に見せるでもなくこっそりと一人でやろうとした。でも、できなかった。訳を話して柳生にも付き合ってもらったが、柳生の前でも俺は幸村になれなかった。写真だって遺影から卒業アルバムまで何枚も見たし集めもした、映像だって何本か残っていたから何度も巻き戻して再生した。それでも目を瞑るとあんなに集めた幸村の表情も声も雰囲気も、全部俺には再現できなかった。どうがんばっても幸村は画面の中にしかいなかった。

「へえ、オリジナルあってのコピーなんだ」

幸村は俺が集めた幸村の写真を一枚一枚見ながらそう言った。机の上にはお菓子を食べたあとのごみが転がっている。その体でどうやって食べているのかは聞くタイミングを逃した。

「じゃあ今ならできるってことだよね、俺はここにいるわけだから」

それもそうだと思ってやってみると、逆に今まで何ができなかったのか分からないぐらい簡単だった。そういえばこんな感じだったなあ、と幸村の声でつぶやくと本人も似てる似てると言って喜んだ。

「ねえ、写真撮っとこうよ」
「…えー、めんど」
「仁王がこの感覚を忘れないためにさあ」
「うちのカメラとか、使い方よう分からん」
「じゃあプリ撮ろうよ」
「ええー…めんど」
「あのなあ仁王、俺ははるばるあの世から会いに来てやったんだよ?」
「…ピヨ」

スーパーの二階にあるしょぼいやつでもいいかと聞くと幸村は頷いて、俺の鞄に勝手に財布や鍵をぽんぽん放りこんだ。

夕方のスーパーは買い物客でそこそこ混んでいて、ひとりでふらふらと遊びに来た俺みたいな学生は周りから浮いていただろうと思う。でもその時隣にいた幸村は俺からしてみれば透けてもいないし二本の足でしっかり歩いているまるっきりの生きた人間だった。だから当然二人で店に入った気になっていた。そういえば幸村は外に出てから口数を少なくしたし、俺より一足先に開かない自動ドアの前で待機していたし、気づく要素はたくさんあった。でも俺は最後まで気づけなかった。

撮るまではいいとして、落書きの作業ははっきり言って面倒だった。いつもなら誰かに任せっきりにして無駄な時間を過ごすところだが、今日は二人だったから仕方なく俺もタッチペンを持って落書きに参加した。幸村はでかでかと「ダブル幸村」と書きなぐったり俺の髪の色をピンクにしたりして楽しんでいる。耳元で流れ続けるうるさい音楽に耳を塞ぎたいような気持ちで、適当にハートやキラキラをちりばめながら残り時間が減るのをじりじりと待っていた。その時、画面の上でがしがしと手を動かしながら幸村が言った。

「俺さあ、心配なんだよ、仁王」
「…」
「なんか仁王って、背負い込むタイプってよりは色々と無理やり飲み込んで、無かったことにしようとするみたいなとこあるだろ」
「…へえ」

それはお前のことだろうと言ってやった。お前はそれこそ悲しいことも辛いことも全部飲み込んで俺たちに見せないまま死んだんじゃないかと。もっと俺たちにも頼ってほしかった、たまには弱みだって見せてほしかったと、本当はずっと言いたかった。幸村は目を丸くして手を止めた。

「なあ幸村、心配なんは俺の方じゃ、本当は寂しいんじゃろ。俺もお前のいろんなこと少しずつ忘れるかもしれんのが怖い、寂しい」
「…うん」
「でも俺、」

俺と同じように目に涙を溜めて、でも少しだけ笑っている幸村は手で俺の口を塞ぐと静かに言った。

「やっぱり、俺もまだみんなと一緒にいたいよ」
「…」
「みんなが俺抜きで成長していくのは寂しいし忘れられるのは怖い、でも、俺のことばっかりずっと考えていてほしいなんてことも思わないよ」
「うん」
「それに、」

幸村がまた口を開こうとすると今までずっとうるさかった音楽が途切れて、やたらテンションの高い女の声が時間終了を告げた。拍子抜けした俺たちはぼんやりしたまま落書きコーナーから出て、取り出し口からプリが出てくるのをじっと待った。

「さっきなんて言おうとしたんじゃ」
「…忘れた」
「おま、……あ、出た」

日本のプリクラ技術はある意味俺たちを気持ち悪いぐらい綺麗に写していた。これは誰に見せても絶対に幸村が分身したぐらいに思われるだろう。俺たちだって忘れた頃に見たら自分がどっちだか分からないかもしれない。撮るときも落書きするときもさんざん見ていたのに、俺たちはプリントされたそれを見てひとしきり笑ったり感嘆したりした。

「あ、仁王今何時?」
「そーねだいたいねー」
「俺そろそろ帰るよ」
「…か、帰る?」

日が暮れる前に帰らなきゃ、そう言って幸村は歩きだした。スーパーの外に出てから幸村はまた口を開いた。

「帰るっていうか、赤也のところに行くんだ」
「病院か」
「そう、赤也が寂しがるから」
「ふーん……まだ、…あっちには行かんの」
「まあ、そのうち」

でも気が向いたらまた会いにくるかも、と幸村は笑って俺より三歩先を歩く。曲がり角で俺に「じゃあ俺、こっちだから」と手を振った。病院までついて行きたい気持ちをぐっとこらえて、俺も振りかえした。一度も振り返らないで歩いていく幸村の背中は、ついに一度も幽霊らしさを感じさせないまま遠ざかっていく。俺の手元に残ったプリにもう一度目をやると、写っていたのは幸村を完璧にコピーした俺一人だけだった。









「柳生、今仁王が泣いてると思うんだ」
「おや、それはいけませんね」
「慰めてやってくれるかい」
「はい、もちろん」
「ああそれと…謝っておいてくれるかな」
「?…喧嘩別れにでもなったのですか」
「いや…あれさ、たぶん俺は写ってないはずだから」
「?」
「まあ見れば分かるよ」
「いずれにせよ、謝る必要はなさそうですね」
「え、なんで」
「仁王くんは君と会えただけで充分、嬉しいでしょうから」
「そうかな」
「はい、私もそうですから、彼もきっと」







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